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五章 episode2



 仲間たちに顔を見られたくないとばかりに、ひとり先頭を行くレンシアは、歩きながら空を仰ぐ。中天で強烈な輝きを示す太陽の眩しさに、目を細めていた。
 四人は自由人たちの街道を進んでいた。エイルダークの屋敷でリーゼルと対面していたのは、ついさっきの事なのだが、四人揃って宿に帰ると、誰が言い出したわけでもないと言うのにそれぞれが荷物をまとめはじめ、全員の準備ができ次第、エレミアの街を離れたのだった。
「何も、こんなに急いで出なくたって良かったんじゃないの? こんな時間じゃあ、次の町に着く前に夜になって、野宿になりそう」
「そうだよね。師匠だって、今朝目覚めたばかりなんだし」
 ぶつくさと不満を述べるレンシアに、珍しくアークが同意した。
「そのセインが何も言ってねーんだから、お前が文句言うなよ」
 セインが言おうとして、しかし言ったら絡まれて面倒かもしれないと飲み込んだ言葉を、ロバートが口にする。納得しようとして黙り込んだアークの、しかし隠しきれない不満が歪んだ口元ににじみ出る様子がおかしかったのか、ロバートが小さく吹き出すと、アークはとうとうへそを曲げ、そっぽを向いてしまった。
「それに、これ以上はエレミアに居辛いと、皆がなんとなく思ったからこそ、急ぎの出発になったんだろうが。素直に受け入れろ」
 朗らかに正論を語られては、反論の余地がないらしく、レンシアとアークは不平不満を述べる事を諦めた。
 しかし、おとなしくしていられなかったのか、アークはすぐに別の話題を口にする。
「それにしてもさ、レンシアのお兄さん、よくあっさりとレンシアを引き渡してくれたよね。僕、びっくりしたよ」
 兄や自分に関わる話をふられては、黙っているわけにもいかなかったのか、すぐにレンシアが反応する。
「いいじゃない。色々あるのよ、家庭の事情ってやつが。あっさりと事が済んでよかったでしょう? この私が、これからもあんたたちに付き合ってあげるって言っているんだから、黙って感謝してなさいよ」
「師匠、やっぱり置いて来た方が良かったんじゃないで……」
 アークが語り終える前に、レンシアの杖がアークの後頭部に激突した。彼女なりの、力いっぱいの一撃だったようで、ふいを突かれて避けきれなかったアークは、頭をさすりながら跳ね回っている。その様子がおかしいのか、レンシアが大声で笑い出した。
 レンシアが笑っている。
 その現実は、セインの心に安堵と恐怖を同時に生み出した。
 仲間が苦労や悲しみを乗り越えて笑ってくれる今を、喜ばしいと思う。けれど、父親の器を持つ男を殺したのはたった数日前の事で、忘れたわけではないだろうその事実に、何か思う事はないのだろうかと、不安になるのだ。
 もちろん、彼女が心から素直に笑っているとは限らない。父親殺しにも似た思いをひとり抱えながら、押し隠して笑っているのかもしれない。そんな単純な話ではなく、混沌とした感情を抱えているのかもしれない。
 結局のところ、セインには何も判らないのだ。ただ彼女が、色んなものを乗り越えて笑っている今を受け入れる以外に、できる事はないのだろう。
「ちょーっと、セイン!」
 気付いたときには、レンシアの杖の先が眼前に迫っていて、セインは慌てて足を止める。街道上とは言え、周囲が見えなくなるほどもの思いに耽っていた事を反省しつつ、杖の持ち主を見下ろした。
「なに辛気臭い顔をしてるのよ。私がこうして戻ってきてあげたんだから、小躍りして喜ぶくらいしてみせるのが礼儀じゃないの?」
 セインはため息と共に肩を落とした。
「俺はお前に礼儀を習うほど礼儀知らずではない」
「ははっ」
 最初に反応したのはロバートで、派手に吹き出した。
「さすがセイン、いい事言うな!」
「はぁ? アンタは無関係なんだから黙ってなさいよ!」
 レンシアが杖を振り上げる標的をロバートに変えた。セインは上手く逃れられたと胸を撫で下ろしつつ、心の中でロバートに礼を言った。
 そうして、じゃれあっているようにも見えるふたりを微笑ましく見つめていたセインは、揺れるレンシアの銀髪の中に、夢で見た少女の幻を見つけると、目を伏せた。他の者にはゆっくりとした瞬きとしか映らないくらいの、ほんの一瞬。
 もう、逃げるわけにはいかない。アーシェリナの想いからも、自分の想いからも。今の自分がすべき事、過去の自分がしてきた事、自分を取り巻く人々から、目を反らす事など許されない。
 だからこそ、アーシェリナやソフィアにもう一度会わなければいけないと、セインは強く望んだ。彼女たちが今、セインの事をどう想っていようと、たとえ憎悪を抱いていたとしても、だ。そうして気持ちの整理をつけてから、もう一度はじめなければならない。その先の道を、共に歩むにしても、ひとりで歩むにしても、歩む事すら諦めるにしても。
「レンシア。そのくらいにしておいたらどうだ」
 ロバートの表情に疲れが見えはじめたので、セインは助け舟を出す。レンシアはたいそう不満そうに、けれど「仕方ないわね」と呟きながら、ロバートを追い回すのをやめた。
「ところで、なんとなく気分で西に向かう街道に出ちゃったけど、いいの? 引き返すなら今のうちよ?」
「かまわないだろう、西で」
「こら、セイン。気軽に言うな。西行きに決まっちまうじゃねーか」
「嫌なのか?」
 セインが訊ねると、ロバートは数瞬考えた後、肩を竦めながら答えた。
「いっか、別に、どっちでも」
「誰か、僕の意見は聞いてくれないのー?」
「じゃ、決まりね」
 レンシアはアークの訴えを華麗に聞き流すと、杖で西の空をしめした。
「行きましょう――西へ」


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