三学期始業式の午後は、世間的に言えば、新年の部活が始まる午後でもある。 とはいえ、不動峰は新年恒例の教員研修があったので、部活は休み。 部室で、軽いミーティングを済ませた後、不動峰テニス部は2時前にはおしゃべりタイムに入っていた。 いつもだったら、顔を見せる杏ちゃんは、風邪気味のため、欠席。 男ばっかりのむさ苦しい部室の中で、俺は、橘さんに手招きをされた。 「石田。ちょっと頼まれてくれるか?」 「橘さんの頼みとあれば、何でも!!」 これはお世辞でもなんでもなく、俺たちに「テニス」をさせてくれた橘さんへの本当の気持ち。うちのテニス部員たちは、みんな、心から、橘さんを慕っている。 「じゃあ、少し、お遣いを頼む。青学までなんだが。」 そう言って、橘さんは足下の紙袋を机に載せる。近所のスーパーの紙袋だ。 一体、何を青学まで届ければ良いんだ?? 他の連中も、雑談をやめて、遠巻きにこっちを眺めている。 「これを大石に渡して欲しい。」 橘さんは。 少しはにかんだように。 青いラッピングを施した、小さな可愛いブーケを取り出した。 ……は?? 部室の中には特大のクエスチョンマークが飛び交った。 なんで、橘さんが大石さんに花束を贈るんだ?! 神尾なんか、びっくりしすぎて目に涙を浮かべている。 ……お前は、混乱しすぎな……。 だが、橘さんは大人物なので。 俺たちの動揺なんか、全く意に介さない。 「頼んだぞ?」 「……は、はい。」 「あ、そうだ。杏からだって伝えてくれ。どうも杏が世話になったらしいな。本当は杏が行くべきところなんだが、風邪で行かれないっていうんで、石田なら事情を知っているし、頼んどいてくれと、言われたんだ。事情は……分かるのか?」 「は、はい!」 ……なんだ……そういうことか……。 俺へのクリスマスプレゼントを選んでくれたとき、杏ちゃんはその場にいなかった俺の代わりに、大石さんにいろいろ試着してもらったらしい。 しかも、ペンギン柄とかのタオルを、だ。 俺でさえ、恥ずかしくて、頭に巻けないあれを(おかげで杏ちゃんは御機嫌斜めだ)、衆人環視の中、クリスマスイブの街で、試着してくれたっていうんだから……、大石さんは偉大な人だ……。 と。 俺は納得したんだけれども。 部室内では、全く別のクエスチョンマークが飛び交っていた。 杏ちゃんが、なんで青学の大石さんに花束を……?! 神尾なんか、もう、半泣きだ。 ……お前、本当に動揺しすぎ……。 「じゃ、行ってきます!」 みんなの誤解を解くと、いろいろ墓穴を掘りそうだし。 神尾たちには悪いが、俺はさっさと部室を後にした。 空はきれいに晴れていた。 空気が冷たい。 暖冬だって言っていたんだけどな。気象庁は。 道の端の、梅の枝では、まだまだつぼみはふくらんでいなくて。 もうしばらくは、冬だなぁ。 なんて考えているうちに、青学に到着した。 部活の声が賑やかなのは、どこの中学も同じで。 テニス部はどこだろう……?? 辺りを見回すと、見覚えのある三つ編み少女が、手を振りながら、走ってきた。 「石田さん!!あけましておめでとうございます!!」 「あ、ああ、こんにちは。」 クリスマスイブの日に、出逢った青学の女テニの一年生だ。 名前は知らないけど……。 「今日はどうなさったんですか?」 「うん、ちょっと橘さんのお遣いでね。」 そうか、この子に男テニの場所を聞けば良いんだな。 俺は安心して、ほっと一息ついた。 「おい。海堂。あいつ、不動峰の二年生だよな?」 「あぁ?……石田じゃねぇか。……なんで竜崎としゃべってんだ?」 「俺が知りたいよ。」 部活に向かう道すがら。 石田と竜崎桜乃がなにやら和やかに話しているのを。 海堂と林は目撃してしまった。 「どうする?林。」 「……まぁ、竜崎、嫌がっている感じじゃねぇし。放っておけば。」 「……でも、大石先輩が……。」 「……石田が振られるだけだろ?」 なんて、ひそひそ言い交わしながら、木立の陰に潜むアヤシイ二人。 明るい冬の陽が、穏やかに柔らかく、世界を照らし出して。 冬木立を風が揺らす。 そんな中。 石田が色気もへったくれもない紙袋の中から、優しい青のブーケを取り出した。 「……!!おい!あいつ、花束なんか、持って来やがったぞ!」 「しかも、竜崎、嬉しそうだし……!!どういうコトだ??」 少し照れくさそうな石田に、ふわふわ笑う竜崎。 そして。 竜崎は、石田を見上げて。 なにやら、幸せそうにささやいたかと思うと、二人してどこかへ行ってしまったのである。 もちろん、海堂と林は追跡を決行する。 彼らは、そして、見てしまう。 テニスコートに案内された石田が。 恥ずかしそうに花束を大石に差し出し。 大石が少しだけ頬を赤らめて、花束を受け取る様を。 「……石田は、お、お、大石先輩に、は、花束を渡しに来たのか?!」 「い、い、石田は……そ、そ、そんな趣味があったのか?!」 コートを囲む金網にしがみつき、二人は震える声で、互いに確認し合う。 そんな後輩たちに気付いた不二が。 にっこり振り返ると。 「あの花束ね。橘くんかららしいよ?」 ……は?? 不二は、案の定、凍り付いた純情な二年生二人組を、生暖かい眼で見守った。 だが、不二の生暖かい眼差しでは、彼らの冷え切った心は温まることもなく。 「……不動峰の橘さんが……大石先輩に花束を……?!」 「しかも……大石先輩、嬉しそうだ……っ!!」 竜崎が大石を見上げて、何か言っている。 そして、大石と石田がのほほんと幸せそうに微笑んで。 ゆっくりと時間が流れる。 冬の穏やかな日差しの下。 雲が静かに流れていった。 ちなみに。 あの花束が、橘妹からのものである、と聞いて。 海堂と林が更に混乱するのは、翌日のお話である。 |
卯月にゃお様にいただきました!「お手伝い。」の続編です。 「お手伝い」にいたく興奮し、しかも「卯月さんが石桜SS描いてくださったら私石桜イラスト描きます」と言う公約をしたために石桜イラスト描いて送りつけたら、こんな素敵なSSをくださいました! すごい! 素晴らしいです卯月さん! 神様のようです! 私幸せです(T_T)! エビで鯛を釣るってこう言う事言うんですよね! って言うかこれはもう、ゴカイで鯛つってますよ、私。 やーもうどっから語ればいいのか。大物橘さんとか、動揺しすぎて可愛い神尾くんとか! 薫ちゃんと林くんのコンビが、って言うか林くんって! とか思いつつ、とにかくいいですね! 衝撃的シーンを見るたびに誤解を増してあたふたする姿が(T_T)! もう、このふたりが反応するたびに腹かかえて笑わせていただきました(笑) 卯月さん、ほんとうにどうもありがとうございました(T_T)! 卯月にゃおさんの素敵サイトはこちら→東京夢華録 |