お手伝い。

 今日はクリスマス・イブ。
 なのに学校はなんだかばたばたと大掃除。
 クリスマスと雑巾って似合わないよね。
 でも。一年間、お世話になった校舎だもん。キレイにしなきゃ!

 みんなでほうきやら雑巾やら持って、あっちこっち走り回っているうちに、大掃除終了のチャイムが鳴って。
「明日は終業式ですよ!ロッカーの中味は今日中に持ち帰ること!」
 終礼が終わって、先生が叫んでいるけど、うきうきが止まらなくて。その声を背に、教室を飛び出しちゃいました。
 ごめんね、先生。ちゃんとロッカーは片づけたから許してね。

 一度家に帰って、着替えてお昼を食べて。
 いつもよりちょっとお洒落して出かけた街は、クリスマス一色でした。

 わぁっ!大石先輩との待ち合わせまであと一時間半もあるよ。
 おっちょこちょいなのは自覚していたけど、少し早めに着くなとは思っていたけれど、こんなに早く来る気はなかったなぁ。
 待ち合わせ場所の大時計を見上げて。
 私、竜崎桜乃。
 人生13回目のクリスマスイブに浮かれすぎています。

 外にいるのも寒いし、もうしばらくどこかお店を見ていようっと!
 そう決めると、足は迷わず、大好きなおもちゃ屋さんへ向かうのです。
 高いから買わないけど、ぬいぐるみを見るのは大好きで。
 方向音痴の私なのに、ぬいぐるみのお店にはちょっと詳しかったりするんです。

 クリスマスソングがエンドレスで流れ続けるショッピングモールは、うきうきと華やいで。人通りもいつもより多いみたい。
 大好きなぬいぐるみのお店の端には、大きなワゴンがあって。
 白いふかふかのネコさんが山盛りいっぱい、入ってました。
 ぬいぐるみなのに、特売っぽい感じ。手のひらサイズで、五百円。
 う〜ん。ちょっと良いかも。
 もっとそばに寄って、ぬいぐるみを見たいんだけど、ワゴンの横には怖い感じのお兄さんが!!
 お兄さん、真剣にワゴンの中のネコを見つめています。
 あっちのネコを手に取り、こっちのネコを裏返し……。
 この人、何やってるんだろ。

 ふ、と。
 お兄さん、顔を上げて。
 目が合っちゃった!お兄さんはそのまま、視線をぬいぐるみに戻したけれど、私はしばらくそのまま凍り付きました。
 ……知ってる人、かも。
 記憶の糸を懸命にたどって、ようやくおぼろげに思い出したこと。
 不動峰のダブルスの人だ。

 えっと。破動球さん……じゃないなぁ。技の名前が名前だったら、大石先輩なんかムーンボレー先輩になっちゃうよ。それじゃ昔の刑事ドラマみたいだよ〜。
 う〜んと。タオルさん……も違うなぁ。頭にタオルを巻いていたと思うんだけど。だからってタオルさんって名前だったら、海堂先輩なんかバンダナ先輩になっちゃうよ。ますます昔の刑事ドラマみたいだよ〜。

 なんて。
 頭の中で、支離滅裂にくるくるいろいろ考えていたら。
 もう一度、タオルさん(仮名)が顔を上げて。
 ためらう前に、口を開いちゃいました。
 竜崎桜乃、ときおりムダに度胸があります。

「不動峰のテニス部の方、ですよね?」
 するとタオルさん(仮名)、しばらくきょとんとこっちを見て。
「えっと。はい。そうですけど、橘さんは居ませんよ?」
 よく分からない言葉を返してくれました。
「え?橘さん??」
 あ、そっか。部長さんだよね。何考えているか分からなくて、ちょっと怖い感じの人だ!(この前、夢に出てきて怖かった!)

「橘さんのファンの方じゃないんですか?」
「え?違いますよ〜。」
 そっか。タオルさん(仮名)は、私のこと、部長さんに会いたくて声を掛けたファンだと思ったんだね。
「あの、びっくりさせてごめんなさい。私、青学の女テニの一年生で、えっと、地区大会で、男子の試合を見に行ったんです。きっとそのとき、お見かけして。」
「そうだったのか。俺こそ、変なコト言ってごめんね。」
 一年生だと名乗ったせいか、少し砕けた口調になったタオルさん(仮名)は、柔らかく微笑んで。いつの間にか、にぎりしめていたネコのぬいぐるみをそっとワゴンに戻しました。これだけがっちりした人なのに、身のこなしは大石先輩みたいに穏やかな感じ。気は優しくて力持ちってこういう人のこと、言うのかな?

「河村さん、元気?」
「え?はい。たぶん。」
「あの人、関東大会で片手で破動球を打ったんだってね。俺もやってみたいんだけど、橘さんに『お前にはまだ早い』って言われたんだよ。やっぱり河村さんってすごい人だよね。」
「……はい!そうですね!」
 自分のコトじゃないけど、女テニの先輩でもないけど、尊敬している人を褒められたりするとすごく嬉しい。
 しかも河村先輩は大石先輩の親友だし。
 なんか、むちゃくちゃ、誇らしくて。
「みんなが見ていないところで、いっぱい、トレーニングとかしているんだそうです。」
 なんて。要らないこと、言っちゃったりして。
 タオルさん(仮名)、また無意識かな、ネコをつかんでる。
 あ、あの。ごめんなさい。
 タオルさん(仮名)がトレーニングしてないって言ってるわけじゃないんです!
 と、口を開く前に。

「幸せだよね。河村さん。そうやって、見ていてくれる人がいるんだもん。」
 嫌みでもなんでもなく、ただただ純粋に、優しく笑いました。
 見ていたのは、私じゃなくて、大石先輩だけどね。
 いつの間にか、私も優しく笑いたい気持ちになっていました。

「あのさ、ここで会ったのも何かの縁だし、ちょっと手伝ってもらえる?」
「……はい。何ですか?」
 こんなところで、お手伝いできることなんてあるのかしら。
 戸惑う私に、タオルさん(仮名)はぽんぽん、と、ワゴンを軽く叩いて。
「この中で一番可愛いのを買いたいんだ。」

 そんなわけで!
 竜崎桜乃、このワゴンで一番可愛いネコさんを捜します!!
 気合いを入れるために腕まくりをしたら、タオルさん(仮名)、少し困ったように笑って。
「そんなに頑張らなくても良いよ?」
 いいえ!頑張りますよっ!!
「クリスマスのプレゼントですか?」
「……うん。柄じゃない、かな?」
「そんなことないです!こんなに一生懸命、探してもらえるなんて、プレゼントを受け取る方はとっても幸せですよ〜〜!」
 両方の拳をぐっと握って力説したら。
 タオルさん(仮名)は、ふわっと真っ赤になってしまいました。



「ねぇ。あれ、桜乃だよね?」
「……だな。」
「じゃ、桜乃の隣りにいる男、誰?ちょ、ちょっとあれ、どういうコト?!」
 今日はクリスマスイブだから。
 いつもはロードワークだ練習だって忙しい薫先輩に、ムリ言って、たくさん時間をもらって。ゆっくりデート、だったりします。イルミネーションのきれいなショッピングモールを、のんびり歩くだけで、幸せだったりして。
 小坂田朋香、結構、ロマンティストなんですよ。

 でも。
 親友が、彼氏以外の男と一緒にいるとこなんて、見たくなかったしっ!
「私、ちょっと聞いてくるっ!」
 桜乃を問いつめようと、走り出した私の肩を、ぐっと薫先輩が引き戻し。
「竜崎がそんなコト、するかよ?きっと事情があるんだろうよ。とにかく今はやめとけ。」
 薫先輩の言葉は説得力がある。かぁっと頭に血が上っていた私も、少し冷静になって。
「ん。そうだね。やめておく。だって今日は私、薫先輩とデートだしね!」
 そう言ったら、薫先輩、さりげなく目をそらしたけど。
 顔、赤いよ?



 案の定、待ち合わせの場所に早く着きすぎて。
 寒い中、桜乃を待たせるのは可哀想だとは思うけど、いくらなんでも一時間前からここで待っているのも変だよな、と、俺は近くのスポーツ用品店を覗いてみることにした。
 靴とかそろそろ買い換えた方が良いし。買うのはお年玉まで待つとして、品定めだけでもしておくと良いかも知れない。
 お店ってどこもたいがいそうだけど、スポーツ用品店ってのは特に、独特の匂いがする。嫌いじゃない。むしろうきうきしてくる匂い。
 頑張るぞ!とか、やる気が湧いてくるような……俺も単純なのかな。

 そんなコトを考えながら、何を見るともなく店内を歩いていると。
「大石さ〜んっっ!」
 と、聞き慣れない声に呼ばれた。振り返ると、なんだか見覚えのある少女。
 えっと。
 ああ。
 不動峰の橘の妹か。
「ああ良かった!人違いだったらどうしようかと思いましたよ!」
 そう言って笑う屈託ない目。でも、さっきの声のかけ方は、人違いかもなんて思っている感じ、全くしなかったぞ?

「橘さんは買い物?」
「はい!それで、今、とにかく坊主頭の人を捜していたんです!」
「へ?」
「坊主頭か、髪が短い人!だから今、大石さんに会えて、すごい嬉しいです。」
「はぁ。」
「お兄ちゃん、どうせ家でごろごろぐうたらしているんだから、電話かけて、来てもらおうかと思ったんですけど、大石さんがいればお兄ちゃん呼ばなくてもいいし!」
 家でごろごろぐうたらしている橘って、想像できないな。
 あいつはどこでも姿勢正しく、凛としていそうなんだけど。
 ……妹の目から見ると、結構、いろいろ見えるんだろうな。
 明らかにブラコンの橘妹でさえ、これだけ言うんだから、俺なんか妹に何を言われているか分からないなぁ……。
 怖いよ。妹は……。

 ……じゃなくて……。
 橘妹は何を探していたんだって……?!

「ね、ね、大石さん!これ、頭に巻いてみてくれませんか?」
 店内をぐるりと半周移動して、お目当ての場所まで俺を連れて行った橘妹が、満を持したように差し出したのは、愛らしいチューリップ柄のタオルで。
「巻くって、こう?」
 戸惑いつつ、バンダナみたいに頭に巻いてみたんだが、少し生地が厚くて、うまく収まりがつかない。
「うんうん。そんな感じです。うわぁ。やっぱりこれも可愛いですね!」
 仕方なく手で緩い結び目を押さえたままの俺を、あっちからこっちから、橘妹はなんとも楽しそうに見て回る。なんかひどく気恥ずかしいんだが。
「うん!ありがとうございました!」
 ようやく、奇妙なファッションショーから解放されると思ったのもつかの間。

「じゃ、次、これ!お願いします!!」
 今度はペンギン柄。そしてひまわり柄。ウサギ柄。バラ柄。南の島柄。ヒョウ柄。イチゴ柄。
 次々と差し出されるタオルの山。
 俺は。
 一枚、やったら、後は何枚やっても同じだ、と諦めて。
 大人しく橘妹の手伝いをすることにした。

「石田くん、だっけ?いつもタオル巻いているのって。」

 少しだけ、意趣返しのつもりで、鎌を掛けてみたら。
 一瞬、目を見開いた橘妹は、すぐにふわりと優しく微笑んで。
 小さく頷いた。



「おい、朋香。あれ、大石先輩だよな?」
「あれ……ホントだ。」
「……っち!何をやってるんだ!あの人は!!」
 朋香にちょうどいいテニス用品を探してやるために、入ろうとしたいつものスポーツ用品店のレジで。
 なぜだか、大石先輩が橘杏となんだか楽しげに笑っていやがって。
 裏切られた、と、思った。
 俺がじゃない。竜崎が、なんだけれども。
 なんか、俺まで裏切られたような気がして。

「薫先輩!ダメだよっ!落ち着いて!」
 たぶん、朋香が止めてくれなかったら、俺は問答無用で、大石先輩の胸ぐらつかんでいた気がする。下手をしたら、殴っていたかも知れない。
「大石先輩が桜乃を泣かすような真似、するはずないじゃん。だから、ね?やめようよ。」
「……そうだな。そうだよな。」
 そう言いながら、俺は朋香の髪をくしゃりと撫でた。
「ああん。せっかくキレイにまとめてるのに!」
 ごめんな。お前の髪、撫でると俺は落ち着くんだよ。なんて、こっ恥かしくて言えねぇけどな。



 結局、そのスポーツ用品店に行くのは後回しにして。
 薫先輩と私はコーヒー屋さんで休憩しました。ココアが甘くて幸せ〜〜。
「いいな。お前はそんなもんで幸せになって。」
「どうせ、私は安上がりなお子さまですよ〜だ!」
「その方がいっぱい幸せになれるだろ?」
「……うん。」
 薫先輩は、今日も優しい。
 でも。
 やっぱりさっきの大石先輩のコト、気になっているのかな。どこか上の空みたいで。
 ときどき、静かに窓の外を見ている。
 どこから見たってかっこいいから、横顔を眺めてるんだって、良いけどね。
 だけどちょっと寂しいよ。なんて思ったりして。

 ふと、薫先輩の眉が上がる。
「大石先輩と橘杏だ……。」
 窓からは、大きな時計台が見えて。そこは有名な待ち合わせ場所だから、人でいっぱい。
 でも、見間違えるわけ、ないよね。ホントだ。大石先輩たちがいる。

 時計台の下で、大石先輩が立ち止まって何か言うと、橘さん、にっこり笑って会釈をして。あれれ。……少し先のCD屋さんに行っちゃった。
 どういうこと?
 と。
 目で薫先輩に尋ねても、先輩も訳が分からないって顔をしてるし。

 何よ、何よと首をひねりつつ、ココアを味わっていると。
 二分も経たないうちに人混みの向こうから、桜乃が走ってきました!
 大石先輩に駆け寄って、ふわふわの笑顔で見上げて。
 大石先輩もね、にっこり笑って。
 そう。さっき橘さんと一緒にいたときの笑顔とは全く別の。
 温かい笑顔。

 これって、やっぱり、そうだよね?
 なんかね。笑いがこみ上げてきたよ。薫先輩!

 同じように少し苦笑気味の薫先輩が、CD屋の方を指さして。
 そっちを見ると。
 さっき、桜乃と一緒にいた不動峰の人が、足早に店内に入っていくところでした!

「あいつらは!全く、人騒がせだなっ!」
 薫先輩の語気が荒いのは。
 分かっているよ。嬉しいんだよね。
 大好きな人たちが、誰も傷付けず、誰にも傷付けられず、幸せに笑っていてくれることが嬉しくて、安心して。
 だから、怒ってるんだよね。照れ隠し、でしょ?

 そう指摘したら、薫先輩は。
「……八つ当たり、かな。ごめんな。朋香。」
 うふふ。そうだね、八つ当たりだよ!
 でも、私。
 そうやって、謝ってくれる薫先輩が好き。


 卯月にゃお様にいただきました!
 って言うか……どうしましょう! どうしましょう! 海朋だ! 大桜だ! 何より、石杏だ!! それらを前提とした、石桜と大杏だ! こんな素敵なカップリングをまとめて味わえるなんて、こんな幸せな事、他にありますかね!? いや無い!
 もー、皆可愛いくて(T_T)! 恋人にできるかぎり喜んでもらいたいんだろうなあ、な石杏も、待ち合わせに早く着すぎる大桜も、やきもきしちゃう海朋も、たまらんです。鼻血ものです。にまにまほのぼのしてしまいますよね。
 しかもしかも! 続編もあるのですよ! 落ち着いたかのように見えたクリスマス騒動に、更なる問題が勃発! こちらも必見です。  卯月さん、ほんとうにどうもありがとうございました!

 卯月にゃおさんの素敵サイトはこちら→東京夢華録


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