ラッカー

 ぷしゅう、と、右手に持ったスプレーから、勢い良く赤が吹き出した。
 それだけでなんか、すっごくウキウキした気分になって、俺は左手に持ったスプレーから、勢い良く黄色を吹き出させる。俺の目の前に立てかけられた大きな板は、赤と黄色と、それから二色が混ざり合ってできたオレンジで、途端に染め上げられていった。
 暖色系ばっかじゃツマンナイかな。
 俺は赤のスプレーを手放して、足元にずらりと並んだラッカーから、迷ったあげくにシルバーを拾い上げた。
 あー、でも、どーしよっかな。
 去年の文化祭の時に買った残りに、今年の文化祭の予算で買い足した四本を合わせて、ラッカーの種類は全部で十三色。これだけあるとどこにどの色を使おうか、迷っちゃうよね。
 ま、いっか。ラッキー千石の本能にまかせて、適当にやっちゃお。きっと、すっごい芸術作品ができあがるよ!

「それから、誰でもいいから、文化祭用の看板作って欲しいんだ。何人かで協力してもいいんだけどな」
 南が練習の後、全員集めて、連絡事項の最後にそんな事を言い出したのは昨日のこと。
 一月後に迫っている文化祭は、クラスでは強制参加なんだけど、部活は自由参加。
 だけどテニス部は毎年、ナンダカンダと参加してるんだよね。
「はいはーい、俺! 俺作る、作りたい、南!」
 俺が勢い良く手を上げて立候補すると、南ってば一瞬疑わしそうな顔をしたんだけど、
「そうだな。去年お前が作った看板、けっこう評判良かったし。頼んでいいか?」
 去年の俺の実績を覚えててくれたみたいで、すんなりオッケーしてくれた。
 そんな南の態度が、ちょっぴり引っかからなかったわけじゃあ、ないんだけどさ。
「うん、任せて! 俺、頑張っちゃう!」
 拳握り締めて、頼まれてみました。
 だってさ、うん、まあ、去年どうして俺が看板作るハメになったかは判らないんだけど。
 何の変哲もない板に、色んな色のスプレー吹き付けるの、なんかむっちゃくちゃ楽しかったし。そんでそれが「いいなあ」「うまいじゃん!」とかって、先輩たちに誉められまくって、気分良かったしね。
「塗料は去年の残りでいいか?」
「うーん、あとで色チェックしてみるけど、足りなかったら買い足していい?」
「去年と使う色、ぜんぜん違うだろうしな……ま、五本くらいまでならいいぞ」
 五本も!
 うわー、なんか、楽しくなってきた。
 ようし、このラッキー千石。
 たまには本気出しちゃうよ!

「うん、完璧!」
 でき上がった看板を、ちょっと離れたところから眺めて、あんまりいいできだから、自分で感動しちゃったよ。
 ふふん。
 ラッキー千石、もうラッキーだけの男とは言わせないよ。
 俺は両手に持った(最後に使ったのは、青と金)スプレーをその辺に放り投げて、さっそく誰かに見てもらいたくて、部室に向けて走った。
 あ、電気点いてる。少なくとも南は残ってるな!
「み〜なみっ!」
「うわっ」
 いてもたっても居られなくて、思いっきりドア開けたと同時に大声出すと、ビックリした南が俺を睨みつけてきた。
「驚かせるなよ!」
「メンゴ☆ でもね、看板ができたからさ、一刻も早く、見て欲しくって!」
「……もうできたのか?」
「うん! だって俺、天才だし!」
 自分で言うなよ、と南は俺の頭を小突いたけれど、なんだか嬉しそうに笑ってた。
「じゃ、さっそく見せてもらおうか?」
「うん、こっちこっち!」
 俺は一回だけ南を手招きして、そんで、看板の置いてある校舎裏に向けて、全力疾走! 後ろから「もう少しゆっくり走れよ!」って南の声が聞こえるけど、ちゃんとついてきてるなら大丈夫でしょ。
「あ、南、ここでストップ!」
「あ?」
「目、閉じて。看板の前まで、俺が手、引いてあげるから」
 南はものすごく不安そうな顔をしたんだけど、「しょうがねーな」って呟いて、目を閉じた。
 俺は南の腕を掴んで、足元に気をつけながら、ゆっくり看板のあるところまで歩いてく。
 いやー、今回のはホント、我ながらいいできだと思うんだよね。カラフルで派手で目を引いて、でも悪趣味じゃない。
「すごいな千石!」
 って、南が目を輝かせて俺を誉めるところが、簡単に想像できちゃうよ。ふっふっふ。
「はい、南、ストップ」
「目、開けていいのか?」
「いいよっ!」
 俺が許可すると、南はゆっくりと目を開けた。
 それと同時に、俺の作った看板が、南の目に飛び込んだはずだ。
 どーだ南! あまりのスゴさに、声も出ないだろっ!
「……千石」
「なになに??」
「今年のテニス部の出し物、おばけ屋敷だって知ってるよな?」
「知ってるに決まってるじゃん。ほら、こんなにおっきく、『おばけ屋敷』って書いてあるだろ?」
「……どこの世界にこんな華やかなおばけ屋敷の看板があるんだよ!」
 そんなわけで。
 誉められると思ってウキウキしていた俺は、いきなりヘッドロックかけられた。
「いたたたた! 痛いって、南!」
「やりなおしだぞ、判ったか!?」
「えー……いたたたたたたっ! 判った、わかりましたー!」
「判ればいいんだよ」
 ちぇっ。なんだよー。
 最高傑作だと思ったのになあ、この看板。すっごくカッコいいじゃん。なのに誉められるどころか、怒られちゃうなんて……。
「おばけ屋敷の看板はおどろおどろしくなきゃいけないなんて、古臭い、保守的な考え持ってるから、南は地味'sなんだよ」
「あ!?」
「ごめんなさい」
 俺はとっても、賢いから。
 二度目のヘッドロックをかけられる前に、とりあえず謝っておいたのさ。


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