墓碑銘

 今日の内村のケンカの相手は、珍しくアキラじゃなかった。
 まあ厳密に言えば、俺ら六人、最初のうちはそれぞれが自分を貫こうとしていたから、内村のケンカ相手の中にアキラは含まれていたんだけども。
 けどアキラは今日に限っては完全に逃げ腰で、反対に森が珍しく強気だったから(そして俺と石田と深司はケンカに参加せず傍観に回ったから)、内村のケンカ相手は森、って感じになってる。
「なんで白ネコに『クロ』なんて名前、つけるんだよ! 内村はおかしいって!」
「白ネコに『シロ』なんてオリジナリティーのカケラもない名前つけっから、お前影薄いとか言われんだろ!」
 双方、そうとうレベルの低い言い争いをしているのは、間違いない。
 けれどレベルが低いなりに、かなりの説得力のあると俺は思ってしまった。
「そんな事でケンカするなよ。シロだかクロだか知らないけど、悲しむぞ。それに墓の前でそんな風に騒いだら、安らかに眠れないじゃないか」
 見かねたのか、石田が仲裁に入る。
 見ないふりなんて楽な事をしない、石田は本当にいい奴だ。って言うか、ネコに『タマ』なんて名付ける奴に、悪い奴は居ないだろう。
「どうでもいいから早くしなよ……俺が譲ってやるって言ってるんだからさあ……俺は別に勝手に墓碑を立ててもいいんだよ……?」
 ああ、深司がボヤきだした。こうなる前に片付けてほしかったんだけどなあ。
 俺は頭を抱えて、深いため息をついた。

 ケンカの発端は――古い話になるかもしれない。橘さんが転入してくるよりも、ずっとずっと前の話だ。俺たちがテニス部に入部してすぐの頃だったからな。
 まだあのろくでもない顧問や先輩たちがのさばっていた頃で、俺たちは当然コートを使っての練習をさせてもらえなかったから(加えて、真面目に練習しているとウザイとか言って妨害されたから)、校舎裏で隠れて素振りとか壁打ちをしていた事がよくあった。
 そんな時に出会ったのが、学校に侵入してきた一匹の白ネコ(メス)。
 厳密に言えば、汚れまくっていてグレーネコだったわけだが、まあそれはおいといて。
 そいつは当時、荒みまくってた俺たちの気持ちを癒してくれて、ちょっとかまってエサとかやっちまったら懐いてきちまって、なんだかんだで昨日まで、世話してやってたんだよ。それぞれがそれぞれに、な。
 ノラネコだろうから具体的な年齢は判らないけども、多分、そうとう老いてたんだろう。昨日の部活の後、冷たくなって動かなくなったそいつをアキラが発見したんだ。
 昨晩はとりあえずそいつを埋めて、帰宅して。
 それで今日、その辺で摘んできた花とか、給食のみかんやパンを残して供えて、石田はごていねいに線香を立てたりして。
 最後に、墓碑を立てようとした時に、問題は勃発した。
 木切れとマジックを手にした森が、「えーっと、『シロここに眠る』でいいかな?」と俺たちに聞いて来た時に、「は? シロってなんだよ。こいつはクロだろ」と内村が反論したわけだ。
 森にも内村にも、同意するヤツは居なかった。
 どうやら俺たちはそれぞれが勝手に、そのネコに名前をつけていたらしく、誰も同じ名前で呼んでなかったんだよ。
 ええと、確か森はシロ、内村はクロ、石田はタマ。一般的なネコの名前だな。
 俺はこいつとはじめて出会った日、英語の授業にナンシーが登場したから、その勢いでナンシーって呼んでいた。
 深司とアキラは何て読んでたか言おうとしないけど、なんとなく予想はつく。深司はわざわざネコのために名前を考えてやるようなヤツじゃないから、あの……なんだっけ? レキシーデータ? あれからぽんって飛び出てくるヤツの名前だと思う。部員のうちの誰かの名前って可能性もないわけじゃないんだが――深司はそのネコをいじめてるわけじゃなくワリと可愛がっていたから、それはないな、きっと。
 そんでもってアキラは……当初はどうだか知らねえけど、最近は『アン』って呼んでた可能性が高い。じゃなきゃ隠す理由がない。他の名前だったら、今頃ふたりに混じって、「○○ここに眠るにしろよ!」って主張してるに決まってる。
「じゃんけんで決めるか? 勝ったヤツの名前を墓碑に刻むとか」
「そんないいかげんなの、可哀想だよ!」
 いや、森、お前の気持ちわかるけどさ、六人からバラバラに呼ばれてた時点で、すでに可哀想だからな。
「まったく、しょうがねー。一番円満な解決方法は、これか」
 俺は不思議そうな顔をした森の手から、木切れとマジックを奪い取る。
 それから振り返って、石田の肩をぽんと叩き、木切れとマジックを手渡す。
「……何のつもりだ?」
「石田、お前が書け」
「『タマ、ここに眠る』ってか?」
 それじゃ円満解決にならないだろ。まあある意味、タマが一番スタンダートな名前だから、円満かもしれねーけど。
「いや、こいつに戒名をつけてやるんだ」
「つけれるかっ!!」
 石田は珍しく声を荒げて、木切れとマジックを地面に叩きつけた。
 やっぱりだめか。わりと良い案だと、思ったんだけどなあ。

 結局。
 じゃんけん(ちなみにアキラは辞退した。よっぽど隠したかったらしい)で決めた結果、シロネコの墓には、「ナンシーここに眠る」と墓碑が立てられたのだった。


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