マニキュア

 学校帰りの雑貨屋で見かけた、淡いパステルピンクのマニキュアは、ものすごく色がかわいくて、私も朋ちゃんも一目ぼれしちゃった。
 おこずかいにそんなに余裕があるわけじゃないし、滅多につけるものじゃないからもったいないかな、って諦めようかと思ったんだけど。
「一緒に買って、明日やってこっか?」
 って朋ちゃんが言うから。
 ふたりで一個のマニキュアとちいさな除光液をレジに持っていって、その帰りに私の家に寄ってもらって、はじめてながら、がんばって塗ってみたの。

 次の日の日曜日は、どうしてそう言う話になっちゃったのか忘れちゃったけど、海堂先輩と朋ちゃん、大石先輩と私で、ダブルデート。
 大石先輩は私の手を見て、優しく笑って、「かわいいね」って言ってくれた。
 すごく嬉しくて、でも残念だけど月曜日は学校だから、家に帰ってから除光液でマニキュアを落として。
 次の日の朝、教室に行ってみたら。
 ものすごく不機嫌そうな顔をして座っている朋ちゃんの爪は、まだパステルピンクに色付いていた。
「どーしたの、朋ちゃん!」
「何が?」
「だって、爪! 先生に見つかったら怒られちゃうよ? 生徒指導室とかに呼ばれちゃうかも!」
 今日は服装検査とか、なかったはずだけど、でも目立たないようで結構目立つよ、その爪!
「んー、そうだね、そのテもアリかも」
 朋ちゃんはやっぱり不機嫌そうに、そしてどこか投げやりっぽく、そんな風に言った。
 どうしちゃったの? 朋ちゃん。
「そしたら海堂センパイだって、イヤでも気付くよね、これに」
 え?
 何言ってるの、朋ちゃんってば。
 朋ちゃんは机についた私の手を見下ろして、はあ、って深いため息を吐き出して。
「大石センパイは、すぐに気付いてくれたでしょ? きっと。『かわいいね』とか、言ってくれたんだろーね」
 うん、まさに、その通りだけど。
 私はこくんとひとつ、黙って頷いてみる。
「そうだよねー、どうせそうだろうとは思ってたけどさ。大石センパイも、海堂センパイも。でもさぁ、こっちは少ないおこずかいやりくりして、一番カワイイ私を見せたいとか思ってがんばってるんだから、それに気付かないってのは、やっぱり失礼だよね!」
 朋ちゃんは両手の拳をぐっと握って、力説。
 ……んもー、朋ちゃんってば。
 いつもしっかりしてて、優しいのに、そう言うとこ、かわいいなあ。
「海堂先輩は、爪の事何にも言ってくれなかったの?」
「言ってくれなかったよ! それどころか、気付いてなかったみたい。後半の方なんて、気付いてもらおうと必死にアピールしたのに、ぜんぜん反応なしだもん!」
 朋ちゃんは不機嫌さが最高潮に達したのか、両腕を枕にして机につっぷしちゃった。
 気付かれたら、朋ちゃん怒りそうだから、必死に声を抑えて私は笑って、笑いがある程度落ちついてから、朋ちゃんの指先に触れてみる。
 器用な朋ちゃんがていねいに塗った、ムラのあまりないパステルピンク。
「朋ちゃん、いい事教えてあげようか?」
「何よー、ちょっとやそっとの事じゃ、私の機嫌は治らないわよっ」
 きっと治るよ、機嫌。
 だってちょっとやそっとの事じゃないもの。
「昨日ね、朋ちゃんがトイレ行ってて、大石先輩が飲み物買いに行ってくれた時、私ちょっとだけ海堂先輩とふたりきりになったの。その時ね、海堂先輩、言ってたよ」
 朋ちゃんはちょっとだけ、顔を上げて、私の顔を覗き込む。
「私の手を見ながら、『朋香と同じだな』って」
「……!」
「だからね、ちゃんと気付いてるよ、海堂先輩。朋ちゃんが海堂先輩のために、かわいくなろうとがんばってること」
 私がそう言うと、不機嫌そうな朋ちゃんの顔は、みるみると明るく変わっていって。
「なんで桜乃に言うかなあ。まったく、素直じゃないやつー」
 なんて、ぼそっと呟いた。嬉しそうに、恥ずかしそうに、微笑みながら。
 でしょ? 朋ちゃんも、判ってるんだよね。気付いていても朋ちゃんに直接言えないくらい、海堂先輩が照屋な人だって。
 気付いてくれているか、不安だっただけだよね。
「しょうがないなぁ、気付いてたなら、今回は許してやるかっ!」
 椅子を蹴飛ばすような勢いで席を立った朋ちゃんは、今まで見た事ないくらいの、最高の笑顔を浮かべてた。


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