「内村くん!」 カツカツカツ、と少し急いだ軽い足音が、背後から俺に近付いてくる。 練習のない日曜日の午後、新しいグリップテープでも買おうかと、サイフをポケットにつっこんで家を出てから十五分。 俺の名前を呼ぶその声を、誰のものかすぐに判断できるていどには聞き慣れていたから、俺は足を止めて振り返った。 「杏ちゃん?」 「やっぱり内村くんだ。偶然だね!」 少しだけ息を切らした彼女の顔を見、それから彼女の足元に視線をずらした。 いつも見ている杏ちゃんは、ウェアか制服しか着ていないから、私服姿は少しイメージが違った。それは杏ちゃんから見る俺にも言える事なのかもしれないけどな。 「どっか行くのか?」 「うん、二時に駅前で友達と待ち合わせしてるの。ちょっと早めに家を出て、ぶらぶらしようかなって思って色んな店見てたとこ。本屋さんで占い立ち読みしてたら内村くんっぽい人見かけたから、追いかけてきちゃった。本人でよかったー。で、内村くんは?」 「買い物しようと街まで出てきた」 「ら、サイフを忘れたとか?」 「俺は愉快なサザエさんかよ」 「あはは、やっぱり、内村くんはそんなことしないよね」 当然だ! 森や石田やアキラならともかく。 ……橘さんはどうなんだろう。するんだろーか。するようにも見えるし、絶対しなさそうにも見える。 「っと、そろそろ時間だ。じゃあ私もう行くね。内村くん、いい買い物できるといいね!」 小さく手を振って杏ちゃんは、さっそうと駆け出していく。 「ああ、じゃあなー」 手を振り返し、そのついでに腕時計を見てみると、二本の針は一時五十五分を指し示していた。 ここから駅まで、俺の足なら五分もあれば充分間に合うけどな。 だけど、杏ちゃんはもう少しかかるんだろうか。あの、履きなれてない感じの、少しかかとの高い靴で歩くには。 だとしたら本屋で立ち読みなんかしてる余裕なかったんじゃねーかとか、思いつつ(ついでに、俺に話しかけている余裕もなかったんじゃねーかとか)。 「……ちぇっ」 別に、な。 アキラや桜井にさんざっぱらからかわれても、別にそんなに気にしてはいなかったんだけどよ。だって俺は、クラスでは目立って小さいわけじゃねえからな。テニス部の連中がでかすぎるだけだっつうの(特に石田)。それに俺は大器晩成型だから、これから伸びるっつうの。 でもさすがに……靴の力を借りてるとは言え、特に長身でもない杏ちゃんに見下ろされると堪えるな。 「明日っから毎朝、牛乳飲むか」 誰にも聞こえないように呟きながら、俺は当初の目的だった、スポーツ店に向けて歩き出す。 けれど本当は、方向転換してスーパーかコンビニに行くべきだろうか、と悩んでいたりもした。 |