ベルリンの壁

 なんとなく、ついこないだ歴史の授業で習った事を思い出した。
 ともだちや、恋人や、家族や。そんな大切な人たちと、急に引き裂かれる事になった人が、昔、遠い国に居て。
 悔しかったんだろうなあ、とか、珍しくマジメに考えてみたんだよね、俺。
 一夜のうちにそびえたった壁は、きっと乗り越えたくても、越えられなかったんだろう。
 今ならチョットだけ、その人たちの気持ち、判るかもしんないな、俺。

「ああ? 何だって!?」
 南は自動販売機の前で、どの飲み物を買おうか悩んでいたみたいなんだけど、不機嫌そう振り返ったひょうしにドン、っててきとーなボタン叩いちゃって。
 あーあ、南、ソレ炭酸だよ。そんなの試合の合間に飲むの、どっかの一年生くらいだって。
「だからさー、俺って、中ボスみたいだよねって。ドラクエ4で言うなら、キングレオくらい」
「なんで今更ドラクエ4なんだよ……」
「なんとなくそんな気分になって、こないだやりなおしたから。あ、やっぱ俺ってラッキーだよね。カジノに入ったらあたりまくったよ!」
「それで、なんでキングレオなんだよ」
 南は俺のラッキー自慢を聞きたくないみたいで、強引に話を元に戻しちゃった。
 ま、別に、いいけどね。
「なんて言うかさあ、未来ある勇者が乗り越える、最初の課題って感じじゃん、俺って。だから中ボス。キングレオ」
 南は数秒、俺のことじっと見下ろして。
 それから間違えて買っちゃったジュースを取り出して、開けて、ひとくち(?)飲んだ。
 なんなのさ南、その反応。
 と思った瞬間、シュワシュワとしたジュースが、上から降り注いだ。
「うわっ、何するんだよ南! ひでー!」
 いくら俺でもこれは怒るよ、さすがに!
「うるせー。顔洗って頭冷やしてこい、アホ」
 あ。
 なんか南、すっごい怒ってる。
「お前が言ってる未来ある勇者ってのは、青学の桃城や不動峰の神尾の事か」
「うん、そうかな」
「お前、負けて悔しくないのか」
「悔しいよ、当然」
 けれど。
 彼らと対決して、負けて。
 ゾクリと、恐怖みたいなもの、感じたから。
 俺がもがいて、越えられないでいる壁を、彼らは俺を踏み台にして越えていってしまったような、ひとり取り残されてしまったような――そんな嫌な、ちょっと空しい気分。
 ガラじゃないって判ってるけどさ。
 俺って今、結構傷付いてるみたいなんだよね。ショック受けてるって言うか。
「悔しいなら、強くなれよ」
「南……」
「いいか、お前はウチのエースなんだ。お前がキングレオじゃ、俺たちはバルザックとか灯台守ってるトラとか、もっとショボいもんになっちまうだろ!」
 南もナンダカンダでけっこうやってるのね、ドラクエ4。びっくり。
「っと、だからな……上手く言えないけど、俺が言いたいのはな、余計な事言ってる暇があったらとにかく勝って勝って勝ち続ければいいって事だ! そしたらイヤでも、お前はあいつらにとってのラスボスになるんだからよ!」
 やばい。
 俺今チョット、感動しちゃったかも。
 壁を越えていった人たちに置いてきぼりにされてしょぼくれてたら、その壁に、南がちょっぴり穴をあけてくれた気分。ほんとに、覗き穴みたいな、ちっちゃいやつだけど。
 でももしかしたら、その穴を使ってもっと大きな穴、人ひとり通れるくらいのやつ、あけられるかもしれないし。あるいは、壁を崩壊させたりもできるかもしれないじゃん?
「ベタベタするから、顔とか洗ってくるね」
「お、おう、行ってこい」
「あーあ、ユニフォームまでびちょびちょだ」
「洗って着ろ。この陽気ならすぐ乾くだろ」
「風邪ひいたら南のせいだよ」
「お前はひかねーよ。馬鹿だから」
 言ってくれるねー、南。
 でもまあ、笑って許してあげよっか。「ありがとう」って言わない代わりにさ。
「ねえ南ー」
「あん?」
「俺さ、デスピサロになれるかな?」
 新しい飲み物を買おうと、再び自動販売機に向かっていた南は、振り返らずに右手を掲げて答えてくれた。
「なれるかな、じゃねーよ。絶対なれ! しかも、勇者を返り討ちにしまくって、ゲームバランスの悪いクソゲーだって言われるくらいのやつにな」
「……了解!」
 その瞬間、なんとなく。
 壁が少しずつ崩れる音が聞こえた、気がした。


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