影法師

 キイィ、キイィ、って、サビつきかけたブランコが、耳障りな音を立てる。
 それをBGMにして、私は色んな事を思い出しながら、色んな事、考えてた。
 たとえば、桜乃は「ごめんなさい」ってすぐに、素直に言えるコだなあ、とか。
 大石センパイも、そんな人だって言ってたなあ。まあ、そもそも大石センパイって、あやまらなければならないような事、滅多にしなさそうなヒトだけど。
 だからふたりはいっつも、穏やかで、のんびり、春のひだまりみたいな空気で居られるんだって。
 別にね、それが羨ましいわけじゃないんだけど。
 だってそれはさ、あくまで桜乃と大石センパイの付き合い方じゃない。私と海堂センパイで、そんな事したら、なんか疲れちゃいそう。桜乃たちが春だって言うなら、私たちは夏真っ盛り! って感じだよね。
 ええと、そうじゃなくて。
 こうケンカばっかりしてると、少しはふたりを見習った方がいいのかなって、思っちゃうよね、やっぱりさ。
「バカみたいだなあ、私」
 しっかもよく考えたら、くっだらない事でケンカしたよ、私たち。
 デートしてて、ノド渇いたからなんか飲もうって話になって、海堂センパイが選んだジュースが、以前桜乃とふたりで来て飲んだ時すっごくマズかったから、「それおいしくないよ、センパイ」なんて忠告したらさ、センパイはそれがすっごく好きだって言うの。「乾センパイの変な汁ばっか飲まされて、味覚おかしくなっちゃったんじゃないの?」なんて言っちゃったら、そっからなんかケンカが大きくなって。
 最終的にどんな事でモメてたか、判らなくなっちゃったけど、とりあえずきっかけはそれで。
 ……なんだ、悪いの私じゃん。
 いやでもさ、「汁ばっか飲まされて」って言ったあとの、海堂センパイの反論が大人げなかったのが悪いよ! 「俺が罰ゲームばっかり食らってたって言いてえのか!?」とか言っちゃってさあ。実際食らってたんでしょ、って感じ。
 ……。
 ……。
 どっちもどっちって、こう言う事、言うのかなあ。
 私はそんなに、悪くないと思うけど、でも海堂センパイも、そんなに悪くないんだよね、きっと。
 ドラマとかで、どんなに好きでもしょせん他人なのよとか言ってて、大人って冷めてるなあって思ってたけど、多分それは、味覚がちょっとずれてる事とか、なんだろうな。
 それにホントの事でも指摘されてイヤって思う事があって、きっとそれも、他人だからお互いちょっとずれてるの。まだ言われたことないけど、きっと海堂センパイは、「竜崎の方が素直だな」なんて悪気なく言えると思うんだよね。でも私、そんな事言われたらムカついちゃって、許せなくて、絶対はったおすもん。
 って。
 こんな風に反省できるのに、なんですぐにあやまる事とか、できないかなあ……。
「むー……善は急げって、言うしね!」
 私は軽く跳ねて、ブランコから降りる。
 完全に許せたわけじゃ、ないけど!
 私もちょっと悪いなって思ったし!
 今回は先にあやまってあげてもいいかなって!
 ……いつも私が折れるなんて、思わないでよねっ!
「よし!」
 心を決めて、来た道を戻ろうと、振り返った私。
 来た道ってのが、間隔をあけて並ぶ木々に挟まれた、小道なんだけど。
 まだ日が高くて、木の影がびょんびょん伸びてるんだけど。
 その中にひとつ、人の影。
「……なに、ソレ」
 こっちから影が見えてるの、気付いてないの?
 それとも、影だったら誰だか判らないとか油断してる? もしそうだったら、甘く見ないでよね。
「やっぱ、やーめたっ」
 私は声を出さないように笑いながら、ブランコに座りなおした。
 だって、こっちから出向くより、もう少し待ってた方が、なんか楽しそうだもんね。
「センパイってば、あの木の向こうでどんな顔してるんだろ」
 きっと情けない顔してるんだろうなぁ、とか考えながら、私はもれてくる笑い声をごまかすために、力いっぱいブランコをこぎはじめた。

 仲直りしたのは、それから五分後。


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