ひとでなしの恋

 海堂先輩が、試合に負けちゃった。
 とても海堂先輩らしい試合で、ボールに追いつくために一生懸命走って、拾って、粘り続けた結果の、負け。ゲームポイント7−5……ホントに、惜しかった。
 フェンスの外から見ていた私は、すごくいい試合だと思ったんだけど、でも、そんな事を私なんかが言っても、きっと海堂先輩は、「良かろうが悪かろうが、負けは負けだ」って返してくるだけだと思うから。判っているから、声をかける勇気、私にはないんだけど。
 ああ、海堂先輩、すごく悔しそうな顔。すごく、辛そうな顔。
 なんだか見ている私のほうが辛くて、目を反らす。
 そうすると、隣に居る朋ちゃんが目に入る。
「朋ちゃん……」
 目を反らしても、楽になんてなれなかったな。それどころか、もっと辛くなっちゃった。
 だって隣で朋ちゃんてば、フェンスにしっかりと捕まって、すごく真剣に、海堂先輩を目で追ってたから。気の強そうな大きな目が、少しだけ涙に滲んでいるのも、判ったし。
 朋ちゃんはきっと、海堂先輩と一緒に、悔しがって、苦しんでる。
「さくの〜……」
「朋ちゃん、海堂先輩のとこ、行ってくる?」
「ううん……もうちょっとしてから、行く」
 朋ちゃんは俯いて、掠れた声で、呟いた。
 そんな朋ちゃんの様子、気付いてるのかな。海堂先輩は挨拶して、コートを出て、チームメイトの励ましの言葉とか全部無視して、どこかに歩いて行っちゃう。
 そっか、きっと。
 海堂先輩はこう言う時、ひとりになりたくて。
 朋ちゃんはそう言うの、判ってるんだろうな。
「私ってやっぱ、やなオンナだな。最低。ひとでなし」
 私の視界から、海堂先輩の姿が消えたころ、朋ちゃんはふいにそんな事を言い出した。
「え!? なんで? そんな事ないよ!?」
 むしろ、すっごくいいコだよ! 私の友達としても、海堂先輩の彼女としても、文句ないと思うよ!? なんて言うか、私、朋ちゃんに憧れてるくらいだし!
「だって今、ずっと、願ってたもん、私。願ってたって言うか、ほとんど呪いだよ、アレ」
「な……何て?」
「対戦相手を見て、転んじゃえとか、ミスしちゃえとか、怪我しちゃえとか、負けちゃえとか、ずっとずっと、願ってた」
 だって、それは。
 相手の選手の事を嫌ってたとか、憎んでいたとか、そう言うのじゃないよね。
 そりゃ、敵さんだって一生懸命この日のために練習積んできたんだから、失礼な事かもしれないけど――でも、ただ、海堂先輩に勝ってほしくて。そんな純粋な、想いだから。
「それはしょうがないよ、朋ちゃん」
「そうかなあ」
「そうだよ。そりゃ、朋ちゃんがね、海堂先輩に勝ってほしいからって、相手の選手を転ばせたり、ミスを誘ったり、怪我させたりしたら、最低かもしれないけど!」
 私は一生懸命、言いたい事を伝えようと、力説したんだけど。
「最低って言うか、反則だよ、それ」
 うう、そうだね、その通りだよ朋ちゃん。
 でも私が言いたいのは、そう言う事じゃなくて!
「そうなんだけど……やっぱりね、好きな人に勝ってほしいのは、勝って嬉しそうな顔してるの見たいのは、当然でしょ? 朋ちゃんだけじゃなくて、私だってそうだし、恋してるひとなら、みんな判ってくれる。だから願うだけなら、悪い事じゃないよ!」
 だって、きっと。
 声に出された大きな声援と同じように、ひっそりと秘められたそんな想いも。
 全部、コート上で孤独に戦う選手の、力になるから。
「そうかな」
「そうだよ」
「いいのかな?」
「いいの!」
 そうして。
 ゆっくりと上を向いた朋ちゃんの顔には、少しだけ笑顔が浮かんでて。
 ああ、よかった。少しは伝わったって事だよね、きっと。
「ありがと桜乃。ちょっと元気出た」
「ほんとに? よかった」
「うん。だからちょっと、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
 いつの間に確認していたのかな。朋ちゃんは海堂先輩の歩いていった方に向けて、走り出した。
 途中で、一瞬私の方に振り返って、大きく両手を振ってくれる。
 私はちょっと恥ずかしくて、遠慮がちに胸の前で手を振り返しながら、やっぱり朋ちゃんは元気が一番だなって思った。
 きっと朋ちゃんは、その元気を、海堂先輩にも分けてあげるんだよね。
 そしたらきっと、海堂先輩もすぐに元気になれるね。


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