ベネチアングラス

「言ってきます!」
 って元気に挨拶して。
 玄関あけて、門を出て、いつもの道を進んだら。
 いつもならば見えない光景が、見えたの。
「大石先輩!?」
「や、おはよう」
 一月半ばの今日、この冬一番の寒さだって、朝の天気予報で言っていたのに。
 先輩はいつからそこに立っていたんだろう。よく判らないけど、ついさっきからって感じじゃなくて、すっごく寒そう。
 なのに、いつもどおり優しく笑って、手を掲げてる。
「どうしたんですか、こんな所で! 寒くなかったですか?」
「そりゃ少しはね。でも別にそれほど長い時間立っていたわけじゃないし」
 そう言って先輩は、コートのポケットに手を入れて。
 手が出てきた時には、ラッピングされた小さな袋が、手のひらの上にのっていた。
「誕生日おめでとう、桜乃ちゃん」
 先輩の言う通り。今日は私の誕生日で。
 でもまさか、それを言うためだけに先輩が、こうして会いに来てくれるなんて思ってもみなくて。
「さすがに家族の人たちには敵わないけどさ、血の繋がりのない人たちの中では一番早くに会って、おめでとうって言いたくて」
「あ……ありがとうございます!」
 すっごく嬉しくて、思わず声がうわずっちゃった。
 なんだか手も震えちゃって。
 先輩からのプレゼント受け取って、開けるまでに、すっごく時間かかってしまう。
「うわぁ……」
 中に入っていたのは、ブレスレット。
 冬の暗い朝日にも反射して、キラキラ光っていていて、すごく綺麗。うわぁ。
「ベネチアングラスのブレスレットだって」
「ベネチアングラス?」
「そのまんまの意味だよ。ベネチアのガラス職人さんに伝わる技法で作られているんだって。なんて偉そうに言っているけど、俺もこれを店で見かけて店員さんに聞いて、はじめて知ったんだけどね」
 先輩は私の手の中で輝いているブレスレットを手にとって、私の手にはめてくれた。
 それから、
「似合うよ。良かった」
 って、笑ってくれて。
 なんだか、ちょっと大人びたみたいで恥ずかしいけど。
 ホントに、嬉しいな。
 プレゼントが綺麗で、すごく気に入ったのももちろんだけど、大石先輩が優しいのも、大石先輩が一番に会いに来てくれた事も、全部嬉しい。
「ベネチアングラスは、お守りでもあるらしいよ。だから」
 先輩はブレスレットをつけた私の左手を両手で優しく包み込んで。
 目を伏せて、祈るように。
「桜乃ちゃんに幸せが訪れますように」
 もしこんなに綺麗なお守りがなかったとしても。
 先輩がそうして祈ってくれるだけで私、幸せになれます、なんて。
 言う代わりに、笑ってみたりして。
「っと。あんまりのんびりもしていられないね。遅刻しそうだ」
「あ、そうですね。急ぎましょう!」
「俺がつけといて何だけど、それ、学校にしていくのは校則違反だから、外して……」
「さっくのー!」
 歩き出そうとする私たちの正面から、叫びながら駆け寄ってくるのは、朋ちゃん。片手に荷物もって、あいてる片手で大きく手を振って。
「って、大石先輩!?」
「や、やあ。おはよう、小坂田さん」
「おはようございます……って、なんで、居るんですかぁ!?」
「なんでって、言われても」
 そうですよね、困りますよね、そんな聞き方されても。
「あー!」
 返答に困っている大石先輩の事はもういいのかな? 朋ちゃんは大声で叫んで、私の左手を指差した。
 手……って言うか、もしかしてブレスレット? 大石先輩から貰った。
「それもしかして、大石先輩からの誕生日プレゼント?」
「う、うん、そうだけど」
 私はコクコクと肯いて。
「じゃあ先輩、私より先に桜乃におめでとうって言っちゃったんだ! くやしー、今年も絶対最初に言おうと思って、狙ってきたのにぃ!」
 あ、そうだった。
 朋ちゃんと友達になってから、毎年朋ちゃんが一番最初に会いに来てくれて、おめでとうって言ってくれてたんだよね。
「そうだったのか。そうとは知らずにごめんね、小坂田さん」
「謝らなくてもいいですよーだ! その代わり、来年は絶対負けませんからね! 勝負ですよ!」
 びしっ! って指を突きつける朋ちゃんに、大石先輩は優しい笑顔で答えた。
「そうだね。じゃあ、勝負だ」
「はい!」
 朋ちゃんも、元気な笑顔で答えるから。
 私も、一緒に笑ってみて。

 竜崎桜乃、十三歳。
 胸を張って自慢できる素敵なふたりが、こうして私のそばにいてくれるから。
 だから今、とっても幸せです。


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