「いやー、スゴイ音がしたね、サエさん、いっちゃん!」 「そうだね。ドカッ、とか、バキッ、とか、ゴキッ、とか、ありきたりの効果音で表現するには惜しい音だったね」 「うーん、あえて言うなら、『どぎゃっ』って感じかなぁ」 「いやいやいや、それはちょっとマヌケすぎるでしょう」 「けど、まあ、そんな感じじゃないか……」 「ひっ!」 ボクは、突然生暖かい手に足首を掴まれて、悲鳴を上げてしまった。 土曜日の午後、いつもより短い練習を終えて、外はまだ明るい時間帯。 自販機で買ったオレンジジュースを飲みながら、サエさん(ちなみにサエさんは、紅茶を飲んでる)や樹っちゃん(樹っちゃんはコーヒーだけど、甘ったるくて有名なコーヒーだ)とのどかに歓談してたところで、突然の恐怖体験。ボクは硬直して、うっかり飲みかけのオレンジジュースを手放してしまった。 「おっと」 すかさずサエさんが手を伸ばして、ジュースを掴んでくれたから、中身がちょっとこぼれただけで、ほとんどは無事にすんだんだけど。 「どうしたの?」 「なんか、足元に……」 ボクは怖かったけれど、それよりもボクの足を掴んだモノが一体なんなのかが気になって、サエさんからジュースを受け取りつつ、覗き込むように足元を見下ろす。 あ、なぁんだ。ダビデだ。 「ダビデ、突然人の足、掴まないでくれるかなあ。びっくりするよ。あと、地面にはいつくばるのはあんまりきれいじゃないから、やめなよ。駅なんて色んな人たちが通ってるし、タバコとかガムとか平気で捨てられてるんだよ? 制服汚しちゃったら、お母さん洗濯に困るだろうし」 「こら、葵」 サエさんが顔から微笑みを消し去って、僕の頭にぽん、と手を置いた。 「ダビデだって好きで地面に転がっているわけじゃないんだよ。原因も知らずに、ただ相手を責めるのはどうかな」 「そうなの? ごめん、ダビデ」 ボクは蹴り飛ばすようにダビデの手から自分の足を開放すると、しゃがみ込んでダビデに顔を近付けた。 なんでか、張り合うように樹っちゃんも、ボクの隣にしゃがみ込んで、ボクよりもぐっと体勢を低くして、ダビデに顔を近付けてる。さすが樹っちゃん。 「でも、どうしてこんなところで寝てるのさ」 「それはね、ダビデがまたダジャレを言って、バネに蹴られたからだよ。ちなみに今回は、『ロッカーが使うコインロッカー』だった。さっきね、いかにもな感じでギター背負った人が、ロッカーを使っていたんだよ」 サエさん、ちゃっかり見てたんだ。さすが動体視力の鬼! 「でも、蹴られるのはいつもの事なのね」 「そうだよ、いつもはちゃんと立ってる」 「今回は運がなかったんだ。ほら、いつもなら『ドカッ』とかですむだろ、効果音。だけど今日は、『どぎゃ』だった。蹴られた弾みでロッカーに頭をぶつけたんだよ」 ようやく少し復活したのか、ダビデは両腕を支えに、上半身を起こす。 そしてゆっくりと、首をロッカーの方に傾ける。 「バネさん、酷い」 「容赦なく蹴るのはいつもの事なのね」 「それにある意味、ダビデが立てないくらいダメージを食らったの見てながら、完全に無視して効果音にしたらどうなるかとか語ってたサエさんの方が酷いしね」 「言うようになったなあ、葵も」 あはは、と、ボクとサエさんは声を合せて笑った。 やった、誉められちゃった! 「違う。今日はもっと酷い。俺、バネさんの蹴りで立てないくらいダメージくらった」 ダビデはゆっくりと腕を上げて、ロッカーの前に立つバネさんを指差した。 バネさんはなんて言うか、神妙と言うか、心配そうな顔をして、ロッカーに優しく触れている。撫でている感じ? 「それなのにバネさん、俺よりロッカーの方を心配してる……」 その時のダビデは、悲しそうな顔をしていた。 「それも、いつもの事なのね」 あ、樹っちゃんに先に言われちゃった。 「そうなのねー」 と言う事で、ボクも便乗。 「こらこら、人の口癖勝手に真似して」 「あーよかった、ロッカー、とりあえず傷ついてねえや! なんとか怒られなくてすむだろ」 「よかったね、バネ」 「ああ、ほんとよかったよ。弁償させられたらどうしようかと思ったぜ」 あはははは、と四人の笑い声が、狭い駅の構内を響き渡る。 悲しそうな顔をしたダビデが、顔を伏せて肩をふるわせてたけど。 ああ、今日も平和で楽しい、いい一日だったなあ。 |