今日は手塚の気まぐれか、竜崎先生の気まぐれか、はたまた乾の気まぐれか、ダブルス強化訓練の日になった。 「ふあ〜ぁ、つっかれた!」 模擬試合を終えると、すっかり体力を使い果たした英二は、コートの端で寝転ぶ。 おいおい、こんな所で寝てると、いつボールが飛んでくるか判らないぞ? なんて注意した所で、英二は起きないだろうし。まったく、仕方ないな。 俺はため息を吐きながら英二の隣に座って、辺りに注意を払う事を決める。うっかり見逃して、ボールが降ってきたとしても、俺を恨まないでくれよ、英二。 「やっぱすごいよね、青学ゴールデンペアは。完敗だよ」 ラケットを手放したタカさんは、穏やかに笑いながら、俺の隣に座る。 今日の模擬試合の相手は、タカさんと不二のペアだ。シングルス向きの選手ばっかりが集まる青学とは言え、ふたりは比較的ダブルスに向く性格をしているから、かなり手強い。ただでさえ、タカさんのパワーと不二の技は、注意が必要だからね。 「英二、こんな所で寝っ転がられると、邪魔なんだけど?」 不二は英二の傍らに立って見下ろしながら、俺があえてしなかった注意を促したのだけど、当然英二が聞くわけもない。ふう、とひとつため息をついて、英二をどかすのを諦めたのか、タカさんの隣に座った。 「いい天気だにゃ〜……」 英二があんまり気持ち良さそうに言うから、俺たちはそろって空を見上げる。 ああ、うん、本当に、そうだな。 雲ひとつない快晴。強い陽射しを地上に送り込む太陽と青い空が、ひどく眩しくて、気持ちいい。 寝転がっている英二に、感謝しないとならないかもな。英二がそうして、真っ直ぐに空を見上げてくれたから、この気持ちよさに気付けたんだから。 「ねえ大石〜」 「ん?」 「なんでウチには、かわいい女の子のマネージャーがいないのさー」 ……なんでって、言われてもなあ。 確かにマネージャーがいてくれると助かるんだろうなって思う状況は、多々あるけれど、でも別にかわいい女の子限定にしなくても……言いたい事は、判るんだけどな。 「別にいらないじゃない。うちには大石や乾が居るんだから。ふたりよりも役に立つ優れたマネージャーなんて、そうそう居ないよ?」 「そりゃそうだけどさー」 納得されるのは、嬉しい事なのかどうか、悩んでみたりする俺。無駄に悩みすぎだってのは、判っているんだけどね。 「でもさあ、俺、ちょっとアコガレてたんだよねー」 「休憩入る時に美人マネージャーにドリンク手渡してもらったり、レモンのはちみつ漬け差し入れてもらったり?」 「おう! タカさん、話判るじゃん!」 ……基本なんだろうな、きっと、その辺は。 基本すぎて逆に、聞いていて恥ずかしいくらいだけど。 「だって乾汁飲まされた時とか特に、俺も思うもん、そう言う事」 ああ、なるほど。それは、俺もものすごくよく判るよ。乾に乾汁手渡されるのと、美人マネージャーにスポーツドリンク手渡されるのでは、ありがたみがぜんぜん違うよな。 「でもねー、俺の夢はそれだけじゃないんだよねー!」 「いや、マネージャーはキャプテンとくっつくものだって相場が決まってるんだよ、英二。手塚は無理だろうから、次点で大石かな? 乾の路線もありかもしれないね」 「……何の話だ? 不二」 「どうせ英二の事だから、そのマネージャーが密かに自分に想いを寄せていて、偶然ふたりきりになった部室で『英二先輩……私……ずっと先輩のことが……』なんて告白されるのを夢見てるんだろうと思って」 「ちっ、違うって! さすがにそこまで考えてないよ!」 英二は慌てて上半身を起こして、顔を真っ赤にしつつ両手両足をばたつかせながら否定したのだけれど、その慌てぶりが逆に図星を突かれたんだろうなあ、と思わせた。表情や態度で判りやすいのは、英二の長所であり、短所でもある。 「でもまあ、それも基本だよね」 しらけた視線で英二を見る不二や、苦笑を浮かべる事しかできない俺とは違い、タカさんは穏やかに微笑みながら頷いた。 こう言う時に一番、身に染みるかもしれないな。タカさんは素直で、かつ大人だなあ、と。 「そんなんじゃなくてさあ……あのね、たとえばこんな、天気のいい日!」 英二は、広い青空を抱きしめそうな勢いで、両腕を伸ばす。 「俺たちはコートで一生懸命、練習すんのね! で、マネージャーは水道で、一生懸命みんなのウェア洗濯すんの! で、休憩時間の頃にさ、マネージャーが来ないからどうしたんだろうと探しに行くとさ、マネージャーは洗ったウェアを、ちょっと背伸びぎみで、頑張って干してんのね」 英二、それはいくらなんでも、指定が細かすぎないか……? 想像力が豊かだと言えば、誉め言葉になるけれど。 「あ、判った。そこに近付いて行って、手伝ってあげるんだ」 「『スミレ、大変だろ? 俺が手伝うよ』とか言いながら?」 「コラ不二ぃ! なんでスミレなんだよ! もー、せっかくのイメージが台無しじゃん!」 「だって他に適当な名前が思い浮かばなかったから」 ……どうしよう。 ふたりとも話に乗ってる、よな、どう見ても。引いているの、俺だけだよな。 俺も乗った方がいいんだろうか……? 「でもさ、けっこういいだろ今の! な、大石!」 英二はものすごく楽しそうな顔で、輝いた目で、両手で拳を作って、俺を見上げるんだけど。 ええと、ちょっとまってくれ。俺の貧困な想像力じゃ、かわいい(しかも多分小柄で二年生の)マネージャーが、今日みたいな天気の日に、洗濯ものを干している状況と言うのが、咄嗟にイメージできないんだよ。 ううん、まあ、きっと、爽やかな感じでいい、よな? どこかフに落ちない部分があるような気がするんだけど。 とりあえず、いいって言っておけば、英二も納得しそうだし……。 「でも、万が一かわいくてかいがいしいマネージャーが入ってくれたとしても、そのシュチュエーション、ありえないよね」 俺が意を決して、「そうだな、いいよな、そう言うの」と答えようとした瞬間、不二が口を挟む。 「えー、なんでだよー!」 「だって僕たち、それぞれが家で洗ってるじゃない、ウェアもジャージも」 英二が、固まった。 ああ、そうか。 俺がフに落ちなかったのは、きっとそこなんだ。 「そう言えばそうだねー。テレビとかマンガとかで、マネージャーが洗濯してくれてるの見るけど、考えみればアレありえないよね?」 「でしょう? なんで設備の整っていない校内で洗って、干さないといけないのさ」 不二とタカさんは納得しあったらしくて、何度も頷く。 そして、俺の隣には。 夢が破れて落ちこんで、どんどん小さくなる英二。 「だ、大丈夫か、英二。そんな、落ち込まなくても……」 「あーあ、なんかすごくくだらない事に付き合って時間潰した気がするね。さ、タカさん、休憩はこのくらいにして練習続けよう」 「え、あ、うん、そうだね」 「大石、英二も早く立って。もう一回試合をしよう。次は負けないよ?」 立ち上がった不二は、にっこりと微笑みながら、英二に向けて手を差し伸べた。 第二試合はもしかすると、休憩時間からはじまっていたのかもしれない。 気分がどん底まで落ちた気分屋の英二に、本来のプレイができるはずもなく。 「大石」 「ああ、なんだい? 乾」 「お前たちが河村・不二ペア相手とは言え、負けるなんて珍しいな。敗因は何だ?」 ノートを片手に質問を投げかけてくる乾に、俺はなんと答えていいか判らず。 「巧みな心理作戦かな?」 と笑って答える事しかできなかった。 |