定期テストが間近に迫ると、普通、朝も放課後も部活は休みになる。 それでも例外と言うのは必ずどこかにあって、我が六角中においての例外は、俺が所属するこのテニス部にあった。大会が間近に迫っている部活だけは、申請すれば当日以外は部活をやっていいんだそうだ。 もちろん、申請しなければ部活をしなくても構わないのだけれど、圧倒的大多数の中学生は、勉強をサボれる口実がほしいものだ。その上大好きなテニスができるのだから、申請を迷う必要はない。 そう言うわけで、明日、金曜日からテストだと言うのに、今日も練習に追われた俺たち。 「サエ、明日は国語と社会だよな? テスト」 部活後、バネは突然俺にそう聞いて来た。 「違うよ。明日は英語と社会だ」 別にちゃんとテスト勉強をしろと言うつもりはないけれど、テストの時間割くらいはきちんと覚えておいた方がいいんじゃないか、バネ? 赤点を取ったら部活謹慎、次の大会に(バネだけ)出られなくなるんだから。 まあ次の関東大会くらいなら、バネのひとりやふたり欠けていた所で、全国出場権を手にするくらい問題ないだろうけれど。油断は禁物だけどな。 「あれ? そっか、英語か。じゃあ国語はいつになるんだ?」 「数学と一緒で最終日。来週の火曜だ」 「げっ、火曜かよーっ!」 カラン、と、無機質なぶつかり合う音が背後から聞こえ、俺とバネは同時に振り返る。 そこには剣太郎が立っていて、剣太郎の足元には、オジイお手製のウッドラケットが転がっていた。 これは珍しい。オジイにラケット作ってもらってあんなに嬉しそうにしていた剣太郎が、ラケットをとても大切に扱っていた剣太郎が、そのラケットを取り落とすなんて。 「おいおい、どうした」 動こうとしない剣太郎の代わりに、バネはしゃがみ込んでラケットを手にとろうとしたんだけれど。 「ボクのラケットに触らないで!」 突然剣太郎が叫ぶと、バネは今にもラケットに触れそうになっていた手を、引っ込めた。 「けん……」 しゃがんだまま顔を上げたバネは、おそらく、苦渋に満ちた剣太郎の顔を真正面からとらえたんだろう。言葉を続ける事もできずに立ち上がり、助けを求めるように俺に振り返る。 そしてバネは気付いたはずだ。 回りにいた部員の視線が、全て自分に集まっている事に。 「な、なんだよお前ら」 しかもその視線は、「呆然とした」「絶望した」「ショックを受けた」「悲しそう」など、意味合いはそれぞれ違ったいたけれど、ほぼ全てがマイナス方面の感情がこめられたものだった。バネが動揺するのは当然だ。 実は、俺もバネに視線を投げかける部員のひとりだった。悲しいと言うべきか……それとも恐ろしいと言うべきか、そんな不思議な気持ちで。 「どうした、サエ?」 「聞きたいのはこっちだよ、バネ」 どうしたんだよ、バネ。 そりゃ、お前はいつもオーバーアクション、オーバーリアクションな男だとは思っていたけれど、それでも比較的まともな奴だと信じていたのになあ。 「皆、気をつけろ!」 「な、何をだ」 まだ動揺している。意外と場が読めないんだね、バネ。 「あのバネさんがつまらないダジャレを言ったよ! 『火曜かよー』だって! つまり、ダビデ菌は移るんだ!」 「……は?」 心底呆れたような声音で、バネは剣太郎を睨みつけた。 回りにいた連中は、葵の怒鳴り声に目が冷めたのか、そそくさと歩みを進め、バネから離れようとする。 「接触感染か? バネさんはツッコミ役だから、一番ダビデに触ってるし」 「でも俺たちだって一回くらいは最低でも触ってるよな……それに、空気感染だったとしたら、もうヤバいかも!」 「おい待て、お前ら……」 「寄らないで、バネさん」 「俺にはそんな菌、移さないでくれよ! あんな風にはなりたくない!」 「ダビデとふたりで隔離病棟に行ってくれ!」 剣太郎が慌ててラケットを拾い、部室に向けて走り出すと、他の部員たちも後を追うように走り出す。 数秒後には見事、その場にバネと俺だけがぽつんと残された。 「ダビデ菌って……小学生以下か、あいつらは! 俺はダビデと違ってわざと言ったんじゃねえっつの!」 バネはそう言っていたけれど。 事実二ヶ月前まで小学生だったリーダーによる小学生以下っぽいいじめ(?)を受けて憤慨しているバネも、充分同レベルじゃないかなと俺は思わない事もない。 まあ、そんな事を言ったら更に怒られそうだから、言わないでおくけどね。 |