俺たちはずっと橘さんを尊敬していて。
 この人は偉大な人だと思って、慕って、後を着いていった。
 そんな自分たちが間違ってるなんて思った事はないし、今でも思ってないし、それはそれでいいんだけど。
 ただ。
 橘さんが居なくなって、俺たちだけが残された。
 新入部員も入ってきて、楽しく、賑やかに部活をしている。
 でも俺たちはバカだから、何か困った事があると、そこに居ない事をすっかり忘れて、「橘さん」って振り返ってしまうんだ。
 当然そこには、橘さんは居ない。俺たちは、自分たちで考えて、問題を解決しなければならない。
 そんな風に、ふと橘さんの事が脳裏を過ぎるたびに、思うんだ。
 橘さんは俺たちが思っていた以上に、遥かに、偉大な人だったって。

「他人の敷いたレールの上を進むなんてまっぴらだ」なんて、よく聞く台詞。
 俺たちは多分、昔その意見に賛成してた。本心からか、カッコつけなのかは、イマイチ記憶にないけれど。だからろくでもない顧問や先輩に、ささやかながら反発して、戦っているつもりになっていたんだ。
 でも今は、気付いた。俺たちは反発しているつもりでいたけれど、それはあまりにささやかすぎて、結局はヤツらに従順だったって事。
 気付く事で、150度くらい意見変わった。「どうでもいい他人の敷いたレールの上を進むなんてまっぴらだ」ってな。
 ちょっとしか違っていないようで、これは大違いだ。結局俺たちは、尊敬する人の敷いたレールの上を進む事を、望んでいるって事だから。

 だからこそ、思うんだ。
 ああ、橘さんは偉大な人だったって。
 あの人は俺たちに希望を与えてくれて、全国への道を示してくれたけれど、だけど俺たちが進むためのレールを敷いてくれたわけじゃないんだ。
 いつでも脱線できるように。俺たちが後悔しないよう、自分で考えて、自分の望む道を歩けるように。ただ従うだけの人間にならないように。
 あの人が俺たちに用意したのは、レールなんかじゃなくて――そう、言うなれば、轍だ。
 自分が進んだ道を、あの人は俺たちに示して、けれどそれを、強制したりはしなかった。俺たちはそれぞれ、自分たちで考えて、望んで、あの人の進む道をおっかけた、それだけ。
 だから俺たちは後悔なんてしていない。
 そして橘さんが居なくても、自分たちだけでなんとかやっていけるだけの力がここに残されたんだ。

「大丈夫だ、お前たちなら。俺が居なくなったって充分やっていけるさ」
 あの人が居なくなる日に、俺たちは泣いた。驚く事に、深司まで。
 そんな俺たちにあの人が残してくれた言葉が、今も誇りと自信と言う支えになっている事を、あの人は判っているだろうか?
 そしてその自信と誇りこそが、俺が選ぶ道を定めた事を。
「なあ、石田」
「ん?」
「お前高校どこ行くつもりだ? もうすぐ進路調査提出だろ?」
 俺が、正面に座って明日一年に行ってもらう買出しのリストを作っている石田に訊ねると、
「ああ、あんなのすぐに出したよ。第一志望だけ書いて。多分お前と同じ学校だ」
 石田は答えながらシャーペンを置いて、笑った。
 ああ、きっと、そうだな。
 俺も、にやっと笑い返して。
「アキラも、深司も、森も、内村も、かな」
「だろうな、絶対。アキラなんて今から部活引退して勉強しようとか言ってたくらいだ」
 成績の事を考えると気持ちは判るけど、それは困るぞアキラ。明日から地区大会なんだから。
「皆で行けるといいな」
「ああ」
「高校でも、全国、行きたいな……行こうな」
「ああ」
 そうして俺たちは、お互いの作業に打ち込み、部室の中に沈黙を呼び込む。
 七人だけでがんばっていた時代の事を、なんとなく思い出して。

 きっと俺たちは、これからも。
 あの人の残した跡を、追って行くんだろう。


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