風切羽

 五時間目と六時間目の間の、休み時間。
 お昼ご飯は消化されきってなくてちょうどいいし、指し込む光は温かいしで、とても気持ちのいい時間。昼寝ができない事がとても残念なくらいにね。
 そんな時ふと、英二が言い出したんだ。
「不二さあ、風切羽って知ってる?」
 自慢じゃないけれど。
 生物関係においては常に、英二より上の成績を抑えているんだけどね、僕は。厳密に言うなら、あらゆる理科において、だけど。
「もちろん知ってるよ。鳥の羽の事だろう? 文字通り風を切って、空を飛ぶために必要な、大切な、羽」
「やっぱ知ってんだ。不二って物知りだな〜」
 そうかな。乾ほどじゃないと思うけど。それに、英二が知らなすぎるんだと思うけど。
「不二はさ、その事はじめて知った時、なんて思った?」
 なんて思ったか?
 ずいぶん抽象的な事を聞くなあ。単純を絵に描いたような英二のわりには。
「特に何も思わないよ。鳥の生態の勉強していた時に出てきただけだからね。覚えなければなあ、ってそれくらいしか考えなかったよ」
「そっか」
 英二は少しだけつまらなそうに、机にうつぶせぎみになって。
 そして上目使いで、僕を見る。
「俺はさ、大石だな、って思ったよ」
「え?」
「俺にとっての風切羽。俺は多分、大石が居るからこそ自由に飛べるんだなあって、思ったからさ」
 言ってから英二は照れたのか、大きな目で僕を睨みつけて。
「あ、これ、絶対大石には言うなよ! 笑うに決まってんだから!」
 まあ、確かに大石は笑うだろうけど。
 それは英二を馬鹿にする意味ではなくて、嬉しくて、だと思うけどね。

 なんだか楽しくなった僕は、部活の前に大石を捕まえた。
「ねえ大石、風切羽って知ってる?」
「……鳥が飛ぶために必要な羽、だっけ?」
「うん、そう」
 僕は満足して頷いて、大石の隣に座る。
 なんだ、けっこう皆知ってるんじゃない、風切羽の事。僕が特別物知りって訳じゃないみたいだ。
「なんでそんな事聞くんだ?」
「ちょっとね。それで大石は、風切羽の存在をはじめて知った時、なんて思った?」
 僕が尋ねると、大石は苦笑した。
「不二の事だから、すごく難しい事考えたんだろう。その羽がないと飛べない鳥の無常さとか」
「……さすがに考えなかったよ、そこまでは」
「へえ、そうなんだ。珍しい」
 大石にとっての僕は、どう言うイメージなんだろうね、一体。
 でも言われてみれば、深く考えてみるのもおもしろいかなあと思いはじめた。風切羽を失って、地上に落ちた鳥。いかにも日本文学にありそうなテーマだよね。今度探してみようかな。
 ……そうじゃなくて。
「じゃあ質問を変えるよ、大石。風切羽から、何を連想する?」
「風切羽から……? そうだなあ、俺は」
 大石は一瞬間をあけて。
 少し、照れくさそうに微笑んで。
「英二、かな」
「英二?」
「うん。俺にとっての風切羽は、英二だと思うからさ。英二が居なければ、俺は今ほど高く飛ぶ事が、なかったと思うから」
 まったく。
 百点満点。完璧な回答じゃないかな、それってさ。
 少なくとも、僕が求めていた答えはそれだったよ、大石。
「でもどうしてそんな事聞くんだ?」
「別に。ちょっと興味があっただけ。ご協力ありがとう、大石」
 僕が先にひとり席を立つと。
 大石は慌てて、僕のジャージの裾を引いた。
「不二、今の、英二には絶対言うなよ? 英二のヤツ、笑うに決まってるからな」
「はい、はい」
 僕はうっかり、笑ってしまった。
 そんなところまで、同じ回答出さなくていいのにねえ? と思わずにはいられなくて。
 だからこそふたりは、高く自由に、はばたけるのだろうけど。


100のお題
テニスの王子様
トップ