葡萄の葉

「ねえねえ南! ぶどう狩り行こうよ、ぶどう狩り!」
 朝練開始五分前、俺は部室に飛びこむやいなや、そう叫んでみた。
 部員の半分は着替えが終わってコートに出てて、残り半分がダラダラロッカーに残ってたり、着替えてたりする時間帯。
 南は生真面目だから、いつもは人より早くコートに出てストレッチとかするタイプなんだけど、今日はなぜかコートに居なかった。だから部室内に残って居るに違いない、と推理してみたんだけど……。
 うん、どうやらラッキー千石の名推理は、あたったね!
「……とっとと着替えろよ」
 呆れた感じの目で俺を睨む南は、それだけぶっきらぼうに言った。
「えっ、それだけなの!? ぶどう狩りはスルーなの!?」
「スルーっつうか……せめてぶどうの時期になってから言えよな、そう言うの」
 南はため息ひとつ吐いて、俺に背中を向けた。
 なんだよー、冷たいよね南って。まあ確かに、今は夏だよ。太陽ギラギラだよ。梅雨明けしてなくてそれなりに雨とか降ったりするよ。ぶどうの時期とははずれてるよ。
 でもさ、その態度はないよね、絶対。俺の気も知らないでさ。
「南さあ、葡萄葉茶って知ってる?」
「は? 知らないぞ、そんなもん。なんだ?」
「そのまんま、葡萄の葉で作ったお茶らしいんだけど、体にいいお茶らしいよ。昨日聞いたんだ。そんでもって色が綺麗で、美味しいんだってさ」
「へえ、良薬は口に苦くないのか。いいな」
 あ、南ってば興味持ってる持ってる。うん、そうくると思ったんだよね。南ってあんまそゆことしゃべらないけど、なんか健康番組こまめにチェックしてそうなキャラだもん。
「でしょ? で、なんかどっかの葡萄農園とかで売ってるって聞いたから、そこにぶどう狩りに行ったついでに、日々疲れがたまってる南の誕生日プレゼントに、買ってあげようかなと思ったんだよ? 俺」
 南はちょっとだけ振り向いた。
 驚いた感じでちょっとだけ目、見開いて、それからちょっとだけ照れくさそうにしつつ、また俺から顔を背けたんだけどさ。
 ほら、俺だって日頃南に迷惑かけてるなとかちょっと反省してみたワケよ。で、そのお返しをしてみようかななんて、けなげな事考えてみたワケさ。
 う〜ん、いいコだよなあ、千石清純くんってば。
「で、その葡萄葉茶って、何に効くんだ?」
「え?」
 何に効くかって?
「知らないよそんなの」
「そんな得体の知れないもん俺に飲ませるつもりだったのかよお前はー!」
 ぽかり、と。
 南はげんこつで俺の頭を叩いた。
 うう。音は小さいけどけっこう痛いよコレ。
「なんだよっ! ヘンなもんじゃないし、体にいいのは間違いないんだからいいじゃないかー!」
「よくねえよ。関係ないとこに効いても意味ないだろうが!」
 そりゃそうかもしれないけどさ、でも、ここまで怒らなくたっていいじゃん!
「なんか今日の南暴力的だよね」
「ああ。イライラしてるからな」
「あれ? 南ってばアノ日なの?」
 がつんと。
 さっきの三倍は威力のあるげんこつが、おれの頭に落ちた。
「痛い、痛いって南! ひどっ、ねえ、室町くん、これひどすぎだよね!?」
 俺は近くに居た室町くんのウェアを引っ張って、南の非道を訴えつつ、助けを求めてみたんだけども。
「千石さん、自業自得って言葉知ってます?」
 室町くんはいつもどおり、クールだった。
 ……ふんだ。
 南も、室町くんも、誕生日が来てもオメデトウなんていってやらないからねっ!


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