ジャックナイフ

 心の底から楽しいと思えた他校との試合は久しぶりだった。
 県大会に優勝するまで、いや、関東大会の準決勝に進むまでかもな。俺たちはけっこうな数の学校と対戦してきたけど、正直、学校で仲間たちと打ち合っているほうがよっぽど手強い感じがした。
 だから俺は、テニス名門校である青学と対戦すると決まった時に、手応えのあるヤツらと戦えるんじゃねーかと期待して、まったくその期待通りに、すげえヤツらが俺らの前に立ちはだかってくれたわけだ。
「負けちまったなー、ダビ」
「……」
「負けちまったけど、楽しかったな」
「……うい」
 ダビデは口元に少しだけ笑みを浮かべて、頷いた。
 ああ、楽しかったよな。
 全力ぶっとばして先行した試合の前半よりも、ヤツらのパワーと作戦に逆転された試合後半の方が、何倍も何倍も、楽しかった。本気で思う。
「すごかったなあいつら。俺らもマネして、必殺技編み出すために練習すっか?」
 俺は本気なんだか冗談なんだか、言ってる自分で判ってない言葉をダビデに投げかけた。
 ダビデが答えなかったのは、俺の言葉が不安定だったから、なんかな。さっきまで試合で使っていた、目立つ長いラケットを手の中でくるくる回してやがる。
 視線がそそがれているのは、一点。
 そこにあんのは、試合中に入った大きなヒビ。
 河村の波動球やら桃城のジャックナイフやらをボレーで返したあげく、ダッシュ波動球のダメージを直で食らっては(俺が食らったのはその後だから多少はダメージ軽かったんだろう、きっと)、さすがのオジイのラケットも耐え切れなかったって事か。
 やっぱすげえなー、あいつら。
「次あいつらと戦ったら、勝てる?」
 ボソッ、と呟いたダビの問いかけに、俺は首を傾げる。
「どーだかな。でもま、俺は勝てるって判ってる試合なら、別にもうやらなくていいやって思うけどよ」
「そっか」
「とりあえずオジイにもっと丈夫なラケット作ってもらわねーと、勝てるもんも勝てなくなるだろうけどな」
「うぃ」
 ダビデは大きく頷いて、それまで両手で持っていたラケットを片手に持ち替え、あいた片手でヒビを撫でる。
「バネさん。多分、だけど」
「あ?」
「最初に桃城のジャックナイフを返した時から、ラケットは傷付きはじめてたかも、しれない」
「……そうかもな」
 そんな大きなヒビでも、最初は小さなヒビだったに決まってる。
 小さなヒビは、試合を進めるにつれて、やつらのパワフルな玉を何度も返す事で、今みたいに大きなヒビに成長しちまったんだろーな。ダッシュ波動球がとどめってとこか。
「ヒビのせいで負けたわけじゃねーだろ。もしそうだとしても、こんな頑丈なラケットにヒビ入れたやつらがすげぇんだ」
「それは、そうだけど。判ってるけど」
 ダビデは視線をラケットから空へと移す。んで、眩しそうに目を細めて、
「ヒビがヒビいて試合に負けた……」
 ぼそっと、呟くように、言いやがった。
「プッ」
「つまんねーんだよお前のダジャレはよ!!」
「バネさん、ホントタンマ! 俺今バネさんの蹴りくらったら死ぬ!」
「じゃあ死ね!」
 本当に命の危険を感じたのか、ダビデは必死な顔で最初の蹴り三発を避けやがった。が、四発目はさすがに避けきれなかったらしく、ひでー顔して地面に倒れた。
 ふん。これに懲りたら、少しはおとなしくなるだろう。
 ……ならないかもな、ダビデの事だから。


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