メモリーカード

「タカさーん! メモリーカードがいっぱいでセーブできないってさ!」
「えー!? じゃあ、ちょっと待ってて!」
 皆でかわむら寿司にお邪魔して、それから「皆でゲームしよう」とタカさんの部屋にお邪魔して。
 まるで我が家のように奔放に振舞っているのは、英二と桃。
 タカさんのゲームコレクションの中から、アレがいいコレがいいってちょっとした喧嘩を交えつつ、ようやく決まってソフトを入れたら、そんなトラブルがあったらしい。
「ごめーん、誰かふすま開けてくれるかな?」
 ふすまのすぐ向こうからタカさんの声が聞こえてきた。
 ちょうど僕が一番近くにいたから、僕が手を伸ばしてふすまを開けると、ジュースや烏龍茶のペットボトルと人数分のコップが乗ったお盆を持ったタカさんが現れた。
「お菓子とかないけど、いいよね? 皆お腹いっぱいだろうし」
「うわーい、ありがとタカさん!」
「あんな遠慮を知らない失礼な客には、水道水でも飲ましておけば充分なのに」
 僕が笑いながら言うと、タカさんは困惑と笑いを混ぜたような複雑な表情で答えてくれた。
「で、タカさん、メモリーカード!」
「あ、そうだったね。ええとちょっと待ってね。どうでもいいやつ、消すから」
 タカさんは部屋の中心にお盆を置くと、英二と桃の間を裂いてゲーム機に近付いた。
「河村、烏龍茶もらうよ」
「どうぞー」
 乾が遠慮なくお盆に近付いて、烏龍茶をそそぐ。
「じゃあ僕もいただくね、タカさん」
「うん、いいよ」
「不二ー、俺の分、ジュース注いどいて!」
「……自分で注ぎなよ」
 僕はにっこり微笑んで拒絶し、自分の分と、あとタカさんの分の烏龍茶だけを用意した。
「タカさんの分、ここ置いとくよ」
「サンキュー、不二! あ、このメモリーカードはいらないや。全部消しちゃっていいよ」
「ホント? じゃあ消しちゃうよん」
 タカさんが差し出したメモリーカードをセットして、英二はコントローラーを握る。
 何かしらの操作をした後に、データを消去したとか、そんなメッセージが出て。
 タカさんはそれを確認してから、烏龍茶の入ったコップを片手に、開いている僕の隣の座布団に腰を降ろした。
「ずいぶんあっさり、消えてしまうものだね」
「ん?」
 僕の独り言に、タカさんはコップに口を付けたまま振り返る。
「あのカードの中に、タカさんが今までやったゲームの記録が入ってたんだよね?」
「うん、そうだね」
 あっさりと消えた記録。
 それはタカさんが何十、何百時間を費やして作り上げた記録でもあって。
「あんなふうに簡単に、消してしまえるものなのかな。消えてしまうものなのかな。記録と同じように、記憶も」
 僕はただじっと、よく意味も判らないのに、ゲームが展開されていくテレビの画面を見つめ続けていた。
 隣に座っていたタカさんが、ぐいっ、と烏龍茶を飲み干した事が、気配で判る。
 こぽこぽこぽ、と二杯目が注がれていく音が、ゲームの音よりも大きく、耳に届く。
「不二は色んな事を感じとって、考えるから、すごいよね」
「……そう?」
 よく突拍子もなく哲学的な事を言うなって、姉さんに言われるけど。僕としてはそんな難しい事を言っているつもりはないんだけどね。
「俺はまだ子供だから、よく判らないけど」
「うん?」
「記録は、新しい記録を重ねる事で、あるいは重ねるために、ああして消えていってしまうけど。でも、俺は大切な記録に新しい記録を重ねて、消してしまうつもりはないよ?」
「……うん」
「だから、大切な記録はいつまでも残るんだ」
 半分くらい中身がなくなった僕のコップに、タカさんが烏龍茶を注いだ。
「それと同じじゃないかな? 俺はきっといつか、今日不二たちと寿司を食べた事や、ゲームして遊んだ事や……そう言う記憶、忘れてしまうと思う。でも、皆で毎日練習頑張って、全国目指した事とか、勝って嬉しかった事とか、そう言う気持ちは、きっと忘れない」
 僕はちらっと覗き込むように、タカさんの顔を見た。
 予想通り、驚くほど優しい目をしていて、ああ、やっぱりタカさんはタカさんだなあと思う。
 僕たちはこれから、今まで生きてきた分の何倍もの時間を重ねて、楽しい思い出も辛い思い出も、重ねるだろうけれど。
 それでも消え失せる事のない、大切な、強い思い出を――築いていきたいよね。
「そうだね。僕も忘れないよ」
 僕が笑うと、タカさんはどこか安心したような笑顔を浮かべた。


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