デリカテッセン

 落ちこむと言うほどじゃ、もちろんないけど。
 たまには俺だって、静かに反省する事があるんだよね。
 たとえばここ一番の重要な試合で、一学年下の、足がケイレンしていた相手に負けた時とか。
 まあ負けちゃったもんはしょうがないし、これで最後ってワケじゃないから、感傷に浸っている暇があるならその分練習に気合入れた方がいいとは思うけど。
 自分が実力的に劣っていたとはこれっぽっちも思わない。だから負けたのは、気迫とか気合とかそーゆー次元のものかもしれない。
 と、言う事で。
 油断していた自分への罰として、俺は今月いっぱい大好物のお好み焼きともんじゃ焼きを断つとこっそり決めてみた。今月って残り僅かじゃん、なんてツッコまれそうだから(室町くんとか南とか、ぜったい言う)、誰にも言わないでおくけど。
 制服に着替えてベンチに座ると、夕日が目にまぶしい。
 あー、なんか、青春って感じだねー、俺。
「ハラ減ったな。帰り、なんか食ってくかー?」
「おう、行く行く、パーッと反省会しようぜ」
 南と東方が、そんな事言ってる。地味'sがパーッと反省会って、一体何するんだろ。興味がわくなあ。
「室町、お前反省する事特にないだろうけど、行くかー?」
「行きます。クジ運の悪さを反省しに」
 そだよね、室町くん、今日まともに試合してないもんね。不動……峰の時は相手怪我人で、しかも途中危険されちゃったし、青学では試合回らなかったし。
「太一は?」
「はい、行くです!」
「新渡米と喜多はー?」
『反省する事ないから行かない』
「ああ、そうかよ。気をつけて帰れよ」
 わざわざ出欠を取るのが、なんとなく南っぽい。俺なんかてきとーに声かけて、着いてきた人たちだけでやるけどなあ。
 そんな微妙に細かい俺たちの地味部長は、最後に俺の方に振り返った。
「お前も来るだろ? 千石」
 俺の参加は南的に決定なんだ。まあ行くつもりだったから、いいんだけど。
「もちろん、行くに決まってるじゃん」
 俺はひょいっ、と立ち上がって、反省会組の輪の中に突入した。
「何食いに行く? この辺どんな店があるか判らないよな。駅前に何か店あったかな……?」
 南が腕を組みながら、真剣な顔して考え込んだ。そんなの適当でいいのになあ。
「あ、会場に来る途中、お好み焼き屋ありましたよ? 千石さんが小躍りしているの見ましたもん、俺」
 え?
「うわー、お好み焼き、おいしそうです!」
 え? え?
「そうだな、けっこう腹にたまるしな。いいんじゃないか?」
 東方までそんな事言っちゃうし!
 おいおい、つい三分前の俺の決意はどうなっちゃうわけよ。男が涙をこらえて決意した事、そんなあっさり踏みにじらなくても!
 まあ、皆、俺の決意なんて知らないんだから、しょーがないかもしれないけど。
「お好み焼き屋はパスだな」
 本当の事言おうかどうしようか、ちょっぴり俺が考え込んでると、南がお好み焼き屋に決定しかけた空気を破って、きっぱりそう言った。
「せっかく千石まで参加する反省会だってのに、好物食わせて千石のヤツを喜ばせてどうするんだよ」
 ぽん、って室町くんが手を叩いて。
「ああ、なるほど。さすが南部長」
「確かにそうです! いけません!」
 南の発案は、けっこーありがたいんだけど。
 でもそんな強く同意しなくたっていいじゃん、室町くんも壇くんも! そんなに俺に好物食べさせたくないの!? 反省会で好物食べちゃいけないなんてルール、普通無いよ!? むしろ慰めるためと明日からの活力つけるために、食べさせるもんじゃないかな〜?
「おい、東方。来る途中にデリカテッセンとか書いてあったとこあったよな。あそこ中で食えたっけ?」
「あ? ああ、確かな。席あったぞ」
「なんか中学男子五人で入るにはちょっとしゃれすぎてません?」
「その方が適度に緊張して反省会らしくなるだろ。なあ?」
 南がにやりと笑いながら、俺を見下ろす。
「千石も、お好み焼きよりパスタとかのがいいよな?」
 うわー。
 ああ、なんだよ南。そっか、そゆことなんだ。
 俺は南に返すように、にっかり笑う。
「うん、今日はぜんっぜん、お好み焼きって気分じゃないね!」
「ほい、決定。じゃあ皆行くぞ」
「……ほんとは南部長が洋惣菜食べたいだけなんじゃないですか?」
「そうだ。悪いか。今俺の気分はチョリソーだ」
 悪いよ! とはさすがの俺も思ってみたけれど。
 そーゆーツッコミは、室町くんに任せればいいや。
 俺はポケットに手をつっこんで、ひょこひょこと早歩きをして、歩き出した南の隣に並ぶ。
「もしかして、知ってた? 南」
「あ?」
 南は俺には振り返らずに、なんか不機嫌そうな口調で続ける。
「お前がたま〜に試合に負けると、お好み焼き断ちしてる事か? 知ってるに決まってるだろ。俺は地味でもな、山吹中テニス部の部長なんだよ」
 うん、俺も知ってるよ。
 今南が、不機嫌なふりしてすっげー照れてる事とか、それから。
「へへ、そだね。南は地味だけど、けっこーいい部長サンだよね」
 って事とか。


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