負けず嫌いの皆が、お昼ご飯の後一番に行われる(ほとんど余興でしかない)部活動対抗リレーに、ものすごく気合を入れていたのは、知ってた。 だから私はお昼ご飯をそこそこに、一番いい位置で見られるように、場所取りまでしたんだもん。 校庭のトラックには、左半分に障害物走の準備がされている。ネットとか、跳び箱とか、ハードルとか、平均台とかね。それに比べて右半分は、途中に白いカードが置かれている以外何の準備もされてなくてなんだか寂しい感じ。 部活動対抗リレーは、一番、三番走者は障害物走でトラック半周、二番、四番走者は借り物競争でトラック半周。アンカーになる五番走者だけが、半分障害物走、半分は純粋に走るだけって形で、トラックを一周するんだって。ちなみに、男子テニス部のアンカーはもちろん、スピードのエース神尾くんなんだけど。 「用意!」 パァン、ってピストルの音を合図に、各部活を代表する第一走者が、一斉に飛び出した。 なんだかつまらなそうな顔して、だけどそつなく、深司くんが障害物をこなしていく様子が遠くに見える。ごめんね深司くん。もっと近くで応援したかったけど、どうしてもこっちがわに居たかったの。そっちでは内村くんや桜井くんが応援してるから、いいよね。 バスケ部に若干遅れて二番手で、バトン代わりのラケットが、二番走者の石田さんに渡される。 走るのは自分じゃないのに、なんだか緊張しちゃって。 それをごまかすように、一生懸命な顔で走る石田さんが、どんどん私の居る方に近付いてくるのを、大声を張り上げて応援した。 カードを手に取ったのは、バスケ部のひととほぼ同時。 石田さんはカードを裏返して内容を見ると、ちらりとこちらを見て。 な、なんて書いてあったのかな? 私が持ってるものなら、すぐに貸しちゃうけど。あ、石田さん、こっちに近付いてきた。 「あの」 石田さんの優しい声は。 私ではなく、偶然私の隣に居た一年生の女の子に向けて、発せられた。 「悪いけど、俺と一緒に来てもらえるかな?」 確認を取るように、石田さんがカードを女の子に見せる。 女の子は戸惑いながらも、頷いて、石田さんと一緒に走って行ってしまった。 彼女に気を使うように、常に後ろを振り返りながら、彼女にあわせてゆっくりと走る石田さんの姿を見ていると――正直言って、あんまり、気分良く、ない。 これは運命みたいなものだから、しょうがないんだけど。 だって、ちらっと見えた石田さんのカードには、「髪の長い女子」って書いてあったから。私の髪は、短いってわけでは無いけど、長いと言うほどじゃないから。だから、それで私を連れていくには、リスクが大きいもんね。石田さんが連れていった女の子は背中の真ん中くらいまで髪、長かったから、絶対間違いないもんね。 判ってる、けど。 「杏!」 いつの間にか三番走者の森くんは、走り終えていたみたい。 気付くと四番走者の兄さんが、白いカードを手に、私の前に立っていた。 「どうしたの? 兄さん」 「ちょうど良いところに居てくれた。お前のヘアピン、貸してくれ」 「ピン? どうして?」 「俺は借り物競争に出ていて、引いたカードにヘアピンと書いてあるからだ」 兄さんは、手にしたカードを私に見せてくれて。 「ああ、そっか」 そうだったね。ついでに兄さんの応援もするつもりだったのに、すっかり忘れてた。 私は慌ててピンをはずして、兄さんの手にそっと置いた。 「悪ぃな!」 走り去る兄さんの、背中を見つめながら、 「兄さんと石田さん、走る順番逆だったら良かったのに」 なんて、誰にも聞こえないように呟いちゃった。 順番入れ換えたからって、ふたりが引くカードがそのまま逆になるとは限らないけれど。 でも、運命の意地悪を素直に受け入れるのは、なんとなく悔しいじゃない。 テニス部は見事一位を獲得。アンカーだった神尾くんは、本当に嬉しそうで、内村くんとか森くんとか桜井くんに、もみくちゃにされてる。 潰された神尾くんを(きっと「おいおいお前ら、その辺にしとけ」なんて言いながら)兄さんが引っ張り上げると、今度は兄さんが神尾くんたちに囲まれちゃった。もう、皆、ホントに仲良しだなあ。 兄さんは体が大きいせいで輪からちょっとはずれ気味だった石田さんを呼んで、何かを渡す。 すると石田さんは頷いて、こちらに向かって走ってきた。 「杏ちゃん」 優しい声は、今度はちゃんと、私に向けて発せられる。 その程度の事が、嬉しくてたまらないなんて、きっとあなたは知らないだろうけど。 「はい、これ。橘さんが今動けないから、代わりに返しておいてくれって」 差し出された石田さんの大きな手のひらには、さっき私が兄さんに貸したピンが乗っていた。 「ありがと。わざわざごめんね」 私はピンを受けとって、なぜか手に力がこもるから、ぐっと握り締めて。 本当に、石田さんが悪いわけじゃ全然ないんだけど。でも、さっきの女の子、小柄で、おとなしそうで、髪が長いけどきれいで、かわいかったなとか、思っちゃったから、 「髪、伸ばそうかなあ」 ついうっかり、そんな事口走っちゃった。 「なんで!?」 すると石田さんは、なんだかすごく慌てた感じ。 「なんでって、なんとなくだけど?」 「そうかー……今くらいの、杏ちゃんによく似合ってるのになぁ」 言葉と柔らかい笑顔で、強烈な不意打ちを食らった気分。 ずるいなあ、もう、石田さんってば。 私がひとりで運命恨んで、ひとりで落ち込んで、ひとりでイメチェン決め込んでみたのに。 ほんの一瞬で全部、パアなんだから。 「じゃあ、やめた」 「え? 本当に?」 「うん。もともと本気で言ったわけじゃないから」 私がそう言うと、石田さんはそれまで以上に柔らかく笑って。 「なら、よかった」 ……だから、不意打ちは卑怯だってば、石田さん。 こっちも笑って、動揺をごまかすしか、なくなっちゃうでしょう? |