白鷺

 サエさんが、写真屋さんでもらえる安っぽいアルバムを二冊、ぽん、と机の上に置いた。
 けれどそれは、たまたま机に備えつけられている椅子に座っていた俺に見せるために置かれたもんじゃない。机のすぐ近くで着替えているバネさんのために置かれたんだ。
「黒羽、写真現像できたから、見たければ見て」
「おお、サンキュー!」
「あと番号ふっておいたから、欲しい写真があれば番号メモって俺にくれれば、焼き増しするよ」
「悪ぃな」
 バネさんは、俺には滅多に見せない優しい笑顔(なんて文句言おうものなら、「それはお前がいっつもアホなことばっか言ってるからだろうが!」って怒られるに決まってるから言わないけど)でサエさんに答えて、着替えのスピードを少し早める。
「何の……?」
 って俺が聞くと。
「この間の修学旅行のだよ」
 サエさんはうさんくさいほど爽やかな笑顔で答えてくれた。
「天根も見たければ見て構わないよ。来年の自由行動のルートの参考にすれば?」
 無言でアルバムの表紙を睨みつけていた姿が、サエさんには「写真が見たい」と訴えているように見えたんだろう。
 別に、見たかったわけではないけれど。
 まあ見ていいと言われたから、見てみるか。
 と、俺がアルバムの一冊を手に取ると、葵がちょこまかと近寄ってきて俺の斜め後ろに立った。一緒に見る気かよ。
 まあいいや、と俺はマイペースにアルバムを開く。
 一番はじめに飛びこんできたのは、多分、宿泊先の旅館で取られたっぽいやつ。サエさんもバネさんも居るけど、他にも知らない人たちが大勢詰め込むように写真に入りこんでる。そのうちのひとりが「歓迎・六角中御一行様」とか持ってた。
「お、それ、旅館の前で撮ったやつじゃん」
 着替えを終えたバネさんが、俺の正面から身を乗り出して覗き込むから、ちょっと見やすいように、俺はアルバムを机の上に置く。
「それは失敗したよ。せっかく旅館の前で撮ってるのに、皆むりやり入って来るから、旅館がぜんぜん写ってない」
「そりゃ残念だな」
「……黒羽もむりやり入ってきたひとのひとりだけどね」
「そーだったか?」
 なんか、サエさんもバネさんも、旅行の思い出話で盛り上がろうムード満点だ。
 俺はなんとなく悔しくなって、アルバムをめくる。
 パジャマ着て暴れてる写真とか、ご飯のおかず奪い合いしてる写真とか、修学旅行に行ったんだからもっとそれっぽい写真撮ればいいのにとかこっそり思いつつ、楽しそうだなあとも思った。まあそりゃ、古い寺とかそんなんばっかり見せられるのより、友達と無茶して暴れたりする方が、楽しい思い出なんだろうけど。バネさんも、「この時のなんとかがアホだった」とかどうとか、そんな話ばっかりしてるし。
 でも、来年のルートの参考にすればとか言ってただろサエさん。参考になんないぞ、こんなの。
 そんな感じで一冊目を見終えて、俺はもう一冊のアルバムに手を伸ばす。あんまり期待しないで開くと、一枚目の写真から寺とか写ってて、「あ、けっこうまともだ」と思った。
 まともな、修学旅行らしい写真ではあるけど、やぱり古臭い寺とかばっかで、写真を見ててもそんなにおもしろくもない。「もうちょっとゆっくり見てくれよ!」と文句を言う葵を無視して、ページをめくる手を早める。
 ふと。
 それまで薄暗い感じの写真ばかりだったのに、突然白さが眩しくて、俺は手を止めた。
 目についたのは、どっかの城の前に立つ、バネさんの写真。
「どうしたのさ。この城、気に入ったの?」
 自分でゆっくり見せろとか言っておいて、手を止めると不思議がるのは、なんかムカつくぞ、葵。
「姫路城か。ここ結構良かったよね、黒羽」
「ああそうだなぁ。でかくてなんか、爽快な気分になった。珍しくおとなしくして見学しちまったよ」
「実物はもっときれいだったけど、写真で見てもきれいだろう? 外観とか形とか、そう言うの合わせて、別名白鷺城って呼ばれてるんだよ、ここ。いい名前だよね、よく似合ってるし。中もおもしろかったよ、迷路みたいで」
 姫路城……白鷺城。
 確かに、きれいって言われれば、きれいだけど。
「白鷺って、白い鷺?」
「あたりまえだろ」
「じゃあ、白い鳥だ。白い羽を持った」
「だな」
「その前にクロバネサンが立ってる……」
 バネさんは、机について立ち上がって。
 つかつかと歩いて俺の隣に立つと、おもむろに足を振り上げて俺の頭を蹴った。と言うか、踏んだ。
「バネさん、ひどい」
「お前がくだらない事を言うからだっつってんだろーが」
「まだシャレ言ってないぞ」
 シャレはくだらない事じゃないけど。
「ダジャレ言ったようなもんだろうが!」
 そりゃそうかもしれないけど。
 なんか、切ない。やっぱりバネさんは俺にばっかりキビシイ。
「天根、白い羽よりクロバネの方がカッコいいとか言っておけば、黒羽も喜ぶんじゃないかな?」
 足跡が残ってそうな後頭部を押さえつつ、俺が恨みがましい目でバネさんを睨み上げていると、サエさんがそんな風に忠告してくれた。
 ああ、なるほど、サエさん上手い!
「そうそう、白い羽よりクロバネの方が」
「心がこもってねえんだよ!」
 げし、って。
 このテニス部に入ってから何度目か判らないバネさんの回し蹴りを食らう俺。
 慣れたとは言えやっぱり辛いその痛みをこらえつつ、俺はひとつ賢くなってみた。
 今のヤツ、心がこめられていれば、嬉しいんだ、バネさん。
 じゃあ、心をこめて言っているフリすれば、蹴りは一回減るんだろうか。
 ……今度ためしてみようっと。


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