誰よりも早く学校に到着し、部室の鍵を開けるのは、俺の日課だ。 冬ともなると寒かったり、陽が昇っていなくて暗かったり、少し辛いなと思うところはあるけれど、すっかり春になった最近ではそうでもない。むしろ、昇ったばかりの陽を浴びながら、静かな校庭を横切って歩き、誰も居ない部室を占領するのは、けっこう気持ちいい。 今日もいつも通り、そうやって部室の前に到着して。 いつも通り、鞄から部室の鍵を取り出す。 鍵をドアの鍵穴に差し込んで――。 「あれ?」 ……入らない。 どうしてだろう。 俺はなぜか、誰が見ているわけでもないのに平静を装って、焦る気持ちを押さえながらもう一度鍵を差し込んでみる――やっぱり、駄目だ。 何かが鍵穴に詰まっているんだろうか? そう言えば以前、近所の家でそんないたずらをされて困ったって話を聞いた事があるような気がする。直すのに結構時間がかかったとか言っていたな……もしそうだとすれば、朝練は中止になるんだろうか。「せっかく早起きしたのに!」なんて、英二あたりが文句言いそうだ。 とりあえず俺は確かめてみようと、しゃがみ込んで鍵穴を覗く。 うーん、特別詰まっている様子はないなあ。もう一回、入れてみるか……。 ! 判った、鍵穴の向きがいつもと逆なんだな。そりゃ、鍵が入るわけがないよな。ええと、鍵を半回転させて……って! 何落ち付いているんだ、俺! 鍵穴の向きが逆って、開いているって事じゃないか! どう言う事だ? 俺は昨日、鍵を締め忘れたのか? それとも俺たちが帰った後、誰かが開けて――泥棒!? そんなまさか、中学校の部室の中に、わざわざ盗むようなものがあるわけないじゃないか。 いや、でも、とりあえず確かめてみないとな。皆がくる前に、備品のチェック、しよう! もしいたずらや嫌がらせで荒らされていたら、多少なりとも精神的ダメージを食らうだろうから、皆がくる前にできるだけ片付けないと! 俺はそこでようやく慌てて、ドアノブに手をかけ、ドアを開いて部室の中に飛び込んだ。 すると、パンパン、と、何かが破裂する音が、連続でひびいて。 「うわっ」 突然の大きな音に驚いた俺は、耳を塞いでのけぞった。 それだけだったら不審物でもしこまれたのかと避難を考えただろうけれど、開いたままの俺の両目には、破裂済みのクラッカーを手にした、見慣れた仲間たちの姿が映ったから。 「ハッピーバースデー、大石!」 「え、英二……これはいったい」 「まあまあそんな事気にせず。おめでとう、大石」 「いや気にするって、乾。なんでお前たち、中に……か、鍵はどうしたんだ?」 「大石を驚かせようって皆で決めて、早起きして集まってね。鍵はマスターキーで開けたんだ。堅物を絵にかいたような生徒会長がお願いすれば、先生は理由も聞かずにマスターキーを貸し出してくれるみたいだね」 にっこり微笑んだ不二が手塚を指差して、俺の不安と疑問を解消してくれたので、俺はほっと胸を撫で下ろした。 でも、疑問は解けたけど。 手塚がこう言う事に協力するなんて、珍しいよな。 怒るほど悪い事ではないと思うし(先生の覚えがいいのは職権乱用じゃないよな。ただ手塚の日頃の行いがいいだけだろうし)、むしろ嬉しいくらいだから、いいんだけど。 「はい、大石」 いつの間にか大きな袋を手にしていた乾が、それを俺の胸に押し付けてきた。今にも手を離そうとするので、落としては行けないなとなんとなく思い、しっかり抱きとめる。 ええと、これは、もしかしなくても。 「おめでとう大石。それ、誕生日プレゼント。皆で買ったんだよ。今日で大石は、青学テニス部で一番のお兄さんだね」 「皆で買ったけど選んだのは俺だかんな、大石!」 「ひとりで選んだみたいな言い方、しないように。皆で相談したんだから」 「なんだよー、不二! そんな言い方しなくてもいいだろっ!」 英二は毛を逆立てた猫のように、不二を睨みつける。 「あ……りが、とう。ありがとう、皆。すごく嬉しいよ」 うん、本当に。 皆が今日この日のために、わざわざ早起きしてくれた事とか(タカさんなんて、家の手伝いがあるのにわざわざ早く来てくれて)。 皆が俺のためにプレゼントを選んで、準備していてくれた事とか。 そんな沢山の、皆の優しい気持ちが、何より嬉しい。 「本当に、ありがとう」 感謝の気持ちが溢れ出て、俺はもう一度その言葉を繰り返す。 「気にすんなって! そのかし俺の誕生日、よろしくな!」 「こちらこそ、生まれてきてくれてありがとう」 「いつも……苦労をかける」 「そうだよね。これくらいじゃ、いつものお礼にもならないかもしれないけど」 「疲労回復のためのスペシャルドリンクを作ったけれど、飲むかい?」 乾のすすめは申し訳ないけれど、苦笑しつつ遠慮させてもらって。 ああ、でも、きっと。 この先どんな苦労や、悲しい事が待ち構えていたとしても、今日この日の気持ちを思い出せば、俺はいつでも温かい気持ちになれると思う。 だから、俺の十五歳の一年間は。 すでにいい一年間だと、約束されたようなものだな。 |