基本的にはどの教科も均等に勉強し、それなりの成果を得ているつもりだ。 得意教科をひとつ選べと言われれば、我がテニス部でも知性派に位置する大石や乾(他の部員にも当然ながら)にさえ一度たりとも点数で負けた事のない歴史を選ぶが、だからと言って他の教科の成績が悪いつもりは、ない。 その中であえて苦手な教科をひとつ選べと言われれば――俺は間違いなく、国語を選ぶだろう。 返ってきた中間テストの答案用紙を見て、やはりな、と思った。 最後の一問以外は自信があった。漢字の読み書きにしろ、選択問題にしろ、古文の活用にしろ、予習と授業、そして復習によって学んだものを記憶し、応用すれば簡単に解ける。 だが最後の一問は、駄目だろうと思った。解答を書く前、いや、テスト開始の合図と共に問題用紙をめくったその瞬間から、判っていた事だった。 大きく三角がつけられ、「−2」と書かれているその部分を見て、まあ仕方ないと諦めにもにた感情を覚える。むろん甘んじてこの結果を受け入れるつもりはないのだが、これに関しては今日明日片付く問題ではないため、むしろ、二点減点で済んだだけありがたいと思ってしまうのだ。 「今回は簡単すぎたな。平均点は76.2点もあったぞ。で、このクラスの最高点は、手塚の98点だな」 一瞬、視線が俺に集中した。「おお」や「また手塚か」や「さすがだな」と言った、聞き慣れた台詞と共に。 そうして俺を羨むように見るクラスメイトたちのうち何人が、この最後の問題で丸をもらったのだろう――考えたところで、答えが判ったところで、俺には関係のない事なのだが。 「なんかヘンだな。今日はどうかしたのか、手塚?」 俺の隣に立っていた大石は神妙な顔付きで、俺の顔を覗き込むような仕草をとった。 大石もおそらくは――いや、間違いなく。 「国語の答案は返ってきたか?」 「ああ、きたけど?」 「見せてもらってもいいか」 「? いいけど」 大石は不思議そうに首を傾げながらも、きちんと四つ折りにたたまれた国語の答案用紙を取り出して、俺に差し出してきた。 受け取って開くと、予想通り、最後の問題にはしっかりと丸がついている。テストなのだから普通の丸をつければ済むだろうに、なぜか花丸だ。模範解答と言えるほどのものだったのだろう。そう言えば答案返却後の解説の時に先生が読み上げた解答は、これとまったく同じだった気がする。さすが大石、と言うべきか。 俺は自分の答案用紙も取り出し、花丸と三角を見比べた。 「あれ? 部長たち、テストの結果見てるんスか?」 陽気な桃城の声が背後から聞こえたが、 「桃城、見ない方がいいと思うぞ。あそこにはお前にはありえない点数がふたつ並んでいるからな」 乾の言葉によって急に静まった。 大石は肩を小さく震わせてひとしきり笑ったあと(「あー、笑いましたね大石先輩、ヒデーッスよ!」などと桃城が叫び、「悪い、悪い」と大石は応えていた)、俺が睨みつける二枚の答案を覗き込む。 「あれ? 手塚お前……相変わらずこのての問題苦手なんだな」 「……」 「らしいと言えば、らしいけど。ええと、横線(ウ)の時の主人公の気持ちを、百字以内で書け、だったっけ? この問題は」 「ああそうだ」と答える代わりに、俺は頷いた。 その、現代文の問題にありがちな問に、大石は花丸がもらえる回答を書けるが、俺はようやく三角をもらえるような回答しか書けない。 横線(ウ)の時はもちろん、どの時であろうと、主人公の気持ちを読みとる事は俺には不可能だった。×をもらわずにすんだのは、過去の似たような問題と答えから、ある程度の統計を取って書く事ができたから、それだけの事だ。だから選択問題ならば、正解する自信はあるのだが……。 「うーん、数学とかだったら、解き方を教えるのは簡単なんだけどなあ」 大石が腕を組んで悩み込むが、どれほど考えたとしても、こればかりは今すぐどうこうできる問題ではないだろう。俺たちが生まれてからこれまでに培った人生経験の問題なのだから。 さきほど大石は俺に「どうかしたのか?」と聞いてきたが、それはつまり大石が、俺が(悩みとも言えない程度に)些細な悩みを抱えている事に気付けたと言う事で、気付けるような人間こそが、あの問いに花丸をもらえるほどの回答を書けるのだろう。逆の立場だったとしたら、三角しかもらえない俺では、何も気付かず普段通りの一日を過ごすに違いない。 「まあでも手塚は、国語のマイナス二点くらい、他の問題や教科で簡単に挽回できるんだし。きちんと読書してるから、大丈夫だよ。こう言うのって読めば読むほど理解力高まるらしいから、そのうちきっと」 「そうかなあ」 突然、俺たちの間に不二が割って入り、二枚の答案に視線を注ぐ。 「うわっ、不二!」 「こう言う問題で丸もらう手塚って、すでにもう手塚じゃない気がするよ、僕。ぜひ、これからも三角が精一杯で、部員を走らせてばかりの手塚でいて欲しいけどね」 不二の意見は、俺にとってありがたいものだと思うのだが、さすがにそんなわけにはいかないだろう。色々弊害がある。 ……あるか? あっただろうか、今まで――記憶にないが。 「花丸と三角、足して二で割ればちょうど丸くらいになる。だからきっといいんだよ、手塚と大石はそのままで」 「どう言う理屈だよ」 大石は呆れたのか、苦笑を浮かべながら不二を見下ろして小突いたが……確かに不二の言う通りだろう。 今まではさりげなく、気付かない所で協力を受けていたからこそ、さしたる問題を起こさずに居られたのかもしれない。 「自力で丸を貰えるように、なればいいのだろう」 「できるの? 手塚」 「……努力する」 「ふうん。努力しようって気になったのなら、本当に丸をもらえるようになるかもね」 そう言った不二の微笑みが、妙に癪に障ったのは、俺のせいではあるまい。 |