電光掲示板

 いつもしているくっだらない日常話にひと段落がついたところで、大石が乾に振り返った。
「そう言えば、明日の天気はいいのかな?」
 ちょっと大石ってばいくらなんでもそれはないっしょ、乾だって天気のデータまでは集めてないよって笑おうと思ったんだけど。
「晴れのち曇り。雨の確率二十パーセント」
 なんて乾は、データノートを片手に平然と答えたからビックリした。
「なにそれ! そのデータノート、天気についてまで書いてあんの!?」
 俺が慌てて聞いてみると、乾はニヤッて笑って、腕を上げて遠くを指差す。
 ゆっくりと乾が示す先を追うと、そこには電光掲示板があって、ちょうど茨城の天気を表示してた。茨城はどうやら明日は快晴、雨の確率ゼロだってさ。関東の天気って書いてあるから、たぶん、乾はちゃんと東京の天気を見たんだろうな。
「なーんだ、ビックリした」
「あたりまえだろ英二。天気のデータってそれは膨大だぞ。ノート一冊に書ききれるわけないよ」
「そうだ。家のパソコンにはぎっしり入っているがな」
 ……やっぱり集めてるんだ、天気のデータ。
 どうしよう。乾がいつか、お天気お兄さんとかになっちゃったら。俺絶対毎朝、出かける前にその番組見るな。そんで、乾が傘を持ってけつったら、絶対持ってくと思う。だって乾が間違えるわけないもん。
「東京は晴れのち曇り、茨城は快晴、埼玉は晴れときどき曇り、群馬は曇り、栃木も曇り。明日の関東の天気は微妙だな。まあ雨が降らないだけましか」
「ん? 神奈川と千葉が抜けているぞ?」
「菊丸が騒がしかったからつい見逃してしまった」
「俺のせいかよ乾ー!」
「そうは言っていない」
 言ってるじゃん、思いっきり!
 ふーんだ、いいもんねー。別に明日は、神奈川にも千葉にも行かないしっ。
 俺はぷいってふたりから目を反らして、電光掲示板を見る。
 繰り返し、繰り返し、天気予報が表示される。東京は晴れのち曇り、雨の確率二十パーセント。さっき乾が言った通り。あ、なんだ、神奈川も曇りじゃん。残念でした。
 なんて。
「別にどーでもいいよな、よその県の天気なんてさっ」
「ディズニーランドだかシーだかに行く日の前日、しきりに千葉の天気を気にしてたじゃないか」
「鎌倉遠足の時は、神奈川の天気を気にしていたな」
「……よその県の明日の天気なんてどーでもいいのっ!」
 俺は「明日の」ってとこを強調して、どなった。
 まったく、いちいち細かいんだよ、ふたりとも。
「明日は試合会場に雨が降るか降らないか、それだけ判ればじゅーぶんだろ!」
「まあ、それはそうだな」
 俺は、じっと電光掲示板、睨みつけて。
「じゃあ菊丸は、あそこになんて示されていればいいと思うんだ?」
 なんて乾は聞いてくるけど。
 うーん、いきなりそう聞かれると、けっこー悩むなあ。
「いやあの、電光掲示板は英二のためだけにあるわけじゃないんだから、あそこは天気を表示していればいいと思うんだけど……他の人は関東の天気、知りたいだろうし」
「そんな正論は菊丸の頭の中ではまかりとおらないぞ、大石」
 なんか後ろでごちゃごちゃ言ってるけど、無視。
「あ、そうだ!」
 ちょっと考え込んでた俺は、名案が浮かんだ事が嬉しくて、飛び上がってふたりに振り返る。
「こんなのどう!? 明日の青学の勝利の確率!」
 大石は目を大きく、丸くして。
 乾は相変わらずよくわかんない顔で、メガネをくいって直して。
「そんなのは、明日のブラジルの天気より必要ないと、俺は思うけど?」
 ふと、大石は柔らかく笑った。
 なんでブラジルなのさ大石……地球の裏っかわだから?
「あれ? そ、そうかな」
 乾ならともかく、大石なら「いいなあ、それ!」ってつきあって笑ってくれるかななんて思っていたから、ちょっと寂しくなった俺だった。
「うん、そうだよ。だって……そうだな、たとえば英二は、あの掲示板に、明日の青学勝利の確率十パーセントって表示されていたら、どうするんだ?」
「カンケーない! 勝つ!」
 俺は夢中で、拳を振り上げて叫んだ。
「だろ? ほら、必要ないじゃないか」
「あ、ほんとだー」
「そう言う事だな」
 大石だけじゃなくて、気付けば乾も笑ってた。
 なんか笑われるのは、バカにされてるみたいでムカつくけど。
 でも、そだね。
 じゃああの電光掲示板くんには、これからもずっと、関東の天気を教えてもらおっか。


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