「周助、占ってあげようか?」 ちょうど歯を磨き終えた僕に向けてタロットカードを掲げながら、由美子姉さんは笑う。 姉さんの趣味は占いで、事あるごとに占おうとするのだけれど、趣味と言うには的中率が高すぎるから、大事な大会を控えた今日、悪い結果が出ると困るなあ、なんて思う。 もちろん、いい結果が出ればそれだけ自信に繋がるのだけれど。 「悪いけど今日は遠慮しておくよ。今日の試合は、無心で挑みたいからね」 「あらそう? つまらないわね」 姉さんは心底不服そうに、カードをテーブルの上に置いた。 一枚一枚、綺麗な絵が描かれた、姉さん愛用のタロットカードカード。 「たった二十二枚のカードで、全てを見透かされてしまうのも怖いね」 まだ家を出るには早いからと、僕は食卓に落ち着く。正面に座る姉さんは、どことなく得意げに笑った。 「本格的にやるなら七十八枚よ。それに、タロットカードはただのカードじゃないんだから。一枚一枚に、色んな意味があるのよ」 「ふうん」 「たとえばこの――ストレングス、『力』ね」 姉さんは一番上のカードを手にとり、僕に見せつける。ライオンと戦う、筋肉隆々の男の絵だ。 「強い意志、不屈の精神、固い信念、努力、勇気、困難の克服。そんな意味が込められているわ」 なんだか海堂みたいなカードだな、と僕は思った。多分、ウチのテニス部の誰もが、この場に居たら同じ事を思うだろうね。海堂自信も、興味ないなんて態度をとりつつも、否定はしないだろう。 「こっちはザ・ハイプリエステス。『女教皇』」 二枚目のカードは、槍を持って毅然とした態度で立つ女性の絵。 「知恵、洞察力、内に秘めた闘志、良識、静かな統率力」 さっきのが海堂なら、これは大石かな。なんて言ったら、大石は「『女』教皇か?」って、ちょっと困るだろうけれど。「青学の母」って呼ばれるのも、ためらいがあるみたいだからね、彼は。 「ねぇ、周助」 「何? 由美子姉さん」 二枚説明した事で、姉さんは満足したのだろうか。開いた二枚を元に戻し、シャッフルした。 「やっぱり景気付けに一枚引いてみたらどう? 正式な占いじゃないから、悪い結果が出たら無視すればいいだけよ」 占い好きとは思えない意見だね、それ。 なんてツッコミを入れたら、朝から説教されそうだから、わざわざ言わないでおくけれど。 姉さんの説明で多少カードに興味を持った僕は無言で肯いて、姉さんが広げた二十二枚のカードに手を伸ばす。当然裏っ返しになっているから、絵柄は見えないのだけれど、目を伏せて視界を暗闇にして、集中する。 指先に触れたカードを。 自分では見ずに、姉さんに渡す。 姉さんはそのカードを見て、一瞬驚いたらしく、目を大きく開いた。 「ひどいカードだった?」 「さあ、どうかしらね」 カードはゆっくりと回転し、描かれた絵柄が、僕の目に飛び込んでくる。 「ザ・ワールド――『世界』よ」 「世界?」 「意味、知りたい?」 由美子姉さんの意味ありげな笑みが、僕の知的好奇心をくすぐる。 それは、姉さんがそう言う笑い方をする時は、けして悪い意味ではないと、十四年の付き合いで判っているからなのだけれど。 「ぜひ知りたいね」 僕が笑うと、姉さんは嬉しそうに肯いた。 「目的の達成、よ。さすがね周助。弟に疎まれるくらいの天才なだけあるわ。カードの引きも絶妙」 「誉め言葉として受け取っておくよ」 時計にちらりと目をやると、二本の針は出発時間を示していて。 僕は立ち上がり、ラケットの入ったバッグを手にとって、玄関に向けて歩き出す。 「ありがとう姉さん。気持ちよく試合ができそうだよ」 「どういたしまして。……都大会で終わった裕太の分も、勝ち上がりなさいね」 「当然」 それは、僕らがここまで進むために、僕らに敗北を記したチームのためにも、背負わなければならない希望で。 何より、僕らがあのテニス部に入った時からの、目標だから。 「ザ・ワールド……目標の達成、か」 いいね。 まさに今日の僕らのためにあるような、カードだよ。 |