ガムテープ

「天変地異の前触れか?」って、さっき南が俺を見て言ってた。俺がすんごく早起きして、一番はやく朝練に来たのが、あんまりめずらしいからってさ。
 失礼な話だねーまったく、なんてその時は思ったけど。
 天変地異は言い過ぎとしても、前触れだったのかも、しれない。
 それなりに実績のある私立山吹中テニス部の部室は、やっぱりそれなりに広くて、そんな中にひとりきり(南は、判爺に用があるからって、着替えてすぐどっか行っちゃった)でいるのは、退屈じゃん?
「早く来たなら暇だろうから、ネットでも張っとけよ」
 なーんて南は言ってたけど、あれ、ひとりでやるのタイヘンだよね。一年の仕事取っちゃ悪いしさ。
 しょーがないからひとりで何かしようかと思って、俺、ラケット手にとって大きく伸びをして。
 そしたら運悪く、背後に窓ガラスがあったわけだ。
 うーん。これってもしかして結構、アンラッキー?
 すぐさまここから逃げようかと思っては見たんだけど、どんな状態になっているのかなーって興味がわくもんじゃん、普通。だから俺、勇気を出して振り返ってみたんだよね。
「あちゃー……」
 ガラスには大きく、ヒビが走っていて。
「なんだ、割れてないじゃん、俺ってラッキー☆」
 ……って、問題じゃないんだよなあ、多分。ヒビ入ってるだけでも、粉々に砕けても、南はきっと同じだけ怒るだろうから。
「うーん、どうしようかなあ」
 悩んでいる最中に、部室のドアがガチャッて開いた。うわっ、南早過ぎ! さっき出てったばっかじゃん!
「何、ヘンなポーズ取ってるんですか? 千石さん」
「あ、なんだ、室町くんかあ」
 ほっとしたのも束の間、
「そんなヘンなポーズで笑わせても、窓ガラスのヒビごまかせませんよ」
 うーん、相変わらず室町くんはキビシイね!
「ばれちゃうか。やっぱさあ、南怒るよね?」
「南部長じゃなくても怒りそうなもんですけどね、とりあえず、怒りますよ、南部長」
「じゃあ、怒られないように、治しとこう」
 俺は、これでも副部長だから。
 南が事務用品一式入れてる場所くらい、知ってるんだよね。えーっと、一番右下のロッカー、と。
「あれ? 何にも入ってないなあ」
「千石さん、事務用品なら机の横の棚の一番下ですよ」
 ……。
 室町くんがいてくれてラッキー☆
「ねー室町くん、セロテープとかないのかな?」
「そこになけりゃ、ないでしょう」
「じゃあガムテープでいいかなあ?」
「……千石さんの好きにしたらどうです」
 なんでだか、今日の室町くんはノリが悪い。ツマンナイなあ、まったく!
 まあいいや、と俺はガムテープを取り出して、ぺりり、と伸ばしてみる。
 窓のそばに寄ってみたけど、ギリギリ届かない。ちえっ、東方とは言わなくても、南くらいの背があればこのままで届きそうなのに。
「俺さあ、よく小柄小柄言われるけど、そんな小さくないよね? 皆がでかすぎるだけだと思うんだよね」
 椅子を引きずりながら愚痴ってみたんだけど、
「はいはい、そうですね」
 室町くん、投げやりだし。ちえっ、つまんないの。
 あとで南に怒られないように、靴脱いで、椅子の上乗って、再びぺりりとガムテープを伸ばす。綺麗に走っているヒビにそって、貼りつけて。
 うん、ばっちり! 補強完了!
「こんなんでどうかな? 室町くん!」
「はあ、いいんじゃないっすか」
 やっぱり室町くんは投げやりだった。
 そうこう言っているうちに、部員がどんどん集まりだす。ドアが開く度に南だったらどうしようなんてビクビクしながら、椅子しまって、ガムテープしまって。
 よし、完璧! これで何ごともなかったように、朝練がはじまるよ、絶対!
「ほら、まだ部室にいるヤツ、とっとと出ろ! 朝練開始までもう少しだぞ!」
 判爺との用事はもう片付いたのかな、南が部室の中覗いて。きょろきょろきょろ、って辺りを見回して。
「まだ居たのか、千石。お前最初に来たってのに」
「ああ、うん――」
「エースがいつまでもダラダラしてんな、部全体が怠ける!」
 いつも通り、南は地味部長らしい掛け声で、それなりに部員の気を引き締めて、パタン、って部室のドア閉めた。
 ……よし!
「見た見た? 室町くん! 南のヤツ、気付かなかったよ、窓! やっぱり俺ってラッキー☆」
「……ですね。そこまでボケてるとは、予想外でした」
「なんだぁ? 千石。この窓割ったの、お前だったのか?」
 あれ? 東方、居たの? いつの間に来たのさ。これだから地味'sは困るよなあ。
「割ってないよ、ヒビ入れただけだよ!」
「同じだって」
「とにかく、いいんだよ! 南に気付かれなかったんだから、このまま内緒〜」
 俺は、無茶苦茶浮かれてて。
 室町くん曰く「ラケットの舞い」を踊りながら部室を飛び出ると。
「万が一を考えて様子見してたんだが……やっぱりお前だったんだな、千石」
 ドアの横で待ち構えていた南の、冷たい声に呼び止められてしまった。
「あら〜、南くん、気付いてた?」
「あんなわざとらしいガムテープに、気付かないわけあるか!」
 俺は南に、おもいきり後頭部をはたかれて。
「早起きは三文の得」なんてことわざは、絶対嘘だと悟ってみた。


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