はさみ

 南部長は地球に優しいテニス部部長だ。
 部員への連絡事項が書かれたプリントを、さっき印刷室に持ちこんで刷っていたのを見たんだけど、別にひとり一枚紙使えばいいのに、わざわざ縮小して四人分を一枚にまとめて印刷して、んで、切り分けるつもりらしい。
 もしかして予算を気にしてるんだろうか? でもウチ一応私立だし、実績ある部なんだから、部費だってけっこうもらってるだろうになあ……っつうか、印刷室の備品使うだけだから、金必要ないって。
 って事はやっぱり、資源の無駄使いを気にしてるんだな。
 まあ、エコロジスト気取って増えた手間を後輩に押し付けたりしない人だから、とりあえず俺は敬意を表し、「俺的緑のジャージが似合う人」ナンバーワンを南部長にしておく事にした。
 ひょっとすると、「貧乏性」ナンバーワンかもしれないけど。
「あれ? ここに置いてあったカッターどうした」
 テニス部の備品であるペン立てに、本当に各種ペンしか立っていない事に、南部長はようやく気付いたらしい。
 俺は知ってる。ちょうど二週間前、南部長が居ない時、千石さんが新渡米さん相手にカッターで遊んでいた事を(芽を刈り取るふりをしていじめていたらしい)。そして何をどうやったか壊してしまい、裏庭に埋めて証拠隠滅した事を。
 でも俺はその日千石さんに牛丼(並。ただし生卵・味噌汁付)をおごってもらったので(そんな事するくらいならカッターを新しく買い直した方が安いと思うけど、もうけたから言わない)、事実は胸に秘めたままにするつもりだ。少なくとも、南部長にだけは言わない。
 言ったら怒るだろうな、エコロジストな南部長。
 プラスチックは地中で分解しないから、土に埋めるなんて地球に害を及ぼすだけなんだよな、確か。
 ……せめてもの罪滅ぼしに、あとで掘り起こしに行こう。
「しょうがねーな。あとで探すか。少なくとも年末大掃除までには見つかるだろ」
 年末大掃除まであと半年もありますよ、南部長。それでいいなら、いいっすけど。
「誰かカッターかハサミもってないか? 最悪30センチ定規でもいいんだけど」
「あ、はい! 僕ハサミ持ってるです!」
 南部長の問いかけに答えたのは、太一ただひとりだった。
 今部室の中に部員は二十人近く居るってのに、ハサミもってるのがひとりってのは、多いのか少ないのか。かなり微妙だな。青学の乾さんとか、そーゆーデータ集めるのが好きだって聞いた事あるから、機会があったら聞いてみようか。ま、そんな機会ないだろけどな。
「太一、お前小さい頃習わなかったのか? ハサミを渡す時は、自分が刃の方持つんだよ。じゃないと危険だろ?」
「は、はいっ! すみませんです!」
 ……それが中学生の会話かよ。
「判ればいーんだよ」
 南部長はハサミを受け取って、「ありがとな」とちょっと笑って見せる。
 そんな南部長は、ちょっとだけ部長っぽくてカッコよかった。
 いや、いつもが部長らしくないと言うつもりはない……多分。
 まあそれはともかく。
 南部長、太一のハサミ借りてどーするんすか。もしかして、何も考えてないんすか?
 一番上の紙を四つ折りにしてあとをつけた南部長は、全部を綺麗に重ねて、ハサミを入れ――不思議そうに首を傾げた。
「ん?」
 そう、太一は左利きだ。
 だから太一の持っているハサミは当然の事ながら、左利き専用のハサミ。右利きの南部長が使おうとしても上手くいくわけがない。
 南部長は手を動かす度に表情に真剣みを増したけれど、何度やっても紙は切れず、とうとうイラついたのかプリントとハサミを机の上に置いた。
「どうしたんだ、南?」
 あ、居たんすか、東方さん。地味だから気付きませんでした。
「どうしたもこうしたも……」
「なんだこりゃ。お前、太一にハサミの渡し方偉そうに教えといて、ハサミの使い方もわかんないんだな」
「そんなんじゃねーよ!」
 南部長は机に手を付いて立ち上がって、急いで弁解する。ちょっと顔を赤く染めたりして。
 そうです東方さん。そんなんじゃないです。
 ただ、ボケてるのか、引き際を心得てないのか、妙なプライドがあるのか、どれかです。
「普通に使ってるのに使えねえんだからしょうがないだろ。そんなに言うならお前やってみろよ、東方!」
 やっぱボケか。そうだろうと思った。
 俺は知っている。普段ツッコミの人間は総じて、ときどきとんでもない天然ボケをかます事を。
「うわ。なんだこれ。ほんとに切れないな!」
 あ、東方さんもボケてる。でもこっちは割といつもだから納得。
「ほらみろ、できないだろ」
 南部長は得意げに、満足そうに、鼻で笑ってそんな事を言った。

 それは部室の隅でのできごと。
 部員の誰も気付かず(俺除く)、密かに行われたボケ合戦。
 ……ボケすら地味なんだなあ、この人たち。


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