ナンバリング

 薄暗い校舎の中で、明るい電気がついている部屋がひとつだけある。
 そこが英二と俺の目的地、その名も生徒会室。
「あーあ、やっぱりまだやってるよ、手塚のやつ」
 なんて言っている英二は肩を竦めて。口調こそ呆れていたけれど、顔は楽しそうに笑っていた。
「つうか何やってんのかな」
 定期的にドアの中から聞こえてくる、ガシャッ、ガシャッ、と言う音が、英二はそうとう気になったみたいだ。「まあ中入れば判っか」と、ノックもせずにドアを開け、生徒会室に入ってしまう。
「コラ、英二」
「やっほー、手塚! 遅くまでタイヘンだな〜」
 ガシャン、と最後に心なしか重い音が立ち、音が止む。
 あ、やっぱり手塚、怒ってるみたいだな。英二に注がれる視線が、いつも以上に冷たい。
「何の用だ」
「『何の用だ』だって。いくらなんでも冷たくねえ?」
「まあまあ。手塚は忙しいんだから、しょうがないよ」
 俺は生徒会室の中に身を滑り込ませて、後ろ手にドアを締めながらちらりと時計に目をやる。六時十三分。
 時間を確認すると、次に手塚の回りに積みあがっている紙の量を確かめる。左右に積み上げられていて、左側の方が若干多いけれど……どっちが処理済なんだろう。
「用のない生徒はすみやかに下校するよう放送が流れたはずだが?」
「そうだな。部活のある一、二年だって、もうほとんどいないよ。校舎内で電気がついているのはここと職員室くらいだから」
「判っているなら早く帰れ」
「それが、そうもいかないんだ。仕事はあとどれくらい残ってる? 三十分以内に終わりそう?」
 手塚は一瞬目を伏せるだけで答えず、止めていた手を動かしはじめた。仕事は沢山残っていて、三十分以内には終わらない、って事かな。
 ガシャッ、ガシャッ、と、正体不明の音が再び響きはじめる――いや、もう正体不明じゃないな。手塚が左手に持っている、ナンバリングが出していた音だ。
 手塚は手塚にとって左側に積んである紙を取って、二箇所にナンバリングを打ち、それを右側に積み上げる、の作業を繰り返す。どうやら処理済は右側らしい……半分も終わってないのか。それに、手塚が今日終わらせようとしている作業が、このナンバリング打ちだけとは限らない。
「手塚、手伝うよ」
 俺は手塚のそばに歩み寄って、声をかける。
「これは生徒会の仕事だが」
「生徒会の仕事なら、役員に限らず青春学園の生徒の誰がやったっていいと思うけど、違うかな? しかも見た所頭を使わなくてもできる単純作業じゃないか。手塚よりも俺の方が得意そうな」
「……何がしたいんだ、お前たちは」
「あ、これ、文化祭のパンフじゃん!」
 いつの間にか手塚の右手側に回っていた英二は、処理済の紙を一枚手にとって、しげしげと眺めていた。
 本当だ、来月の頭にある文化祭の、参加者全員(生徒はもちろん、お客さんにも)に配られるパンフレットじゃないか。って事は、軽く三千枚はあるんじゃないか? それじゃあ簡単に終わるわけない。
「わかった! 抽選会用に、パンフにナンバー打ってんだ、手塚」
「判ったなら邪魔をするな」
「むー!」
 英二は心底不機嫌そうに、顔を膨らませて。
 生徒会室中をぐるっと見渡し、色々しまいこんでありそうな棚を見付けると、そこを漁りだす。
 手塚は「菊丸を止めろ」とでも言いたげに、俺を見たけれど。
「英二、俺の分も探してくれ」
「オッケー!」
 俺は手塚の望みに従わず、逆に英二を煽るような事を言った。
 おっと、俺を見る目まで冷たくなったな、手塚。
「この文化祭が、お前の、生徒会長としての最後の大きな仕事だってのは判っているつもりだよ。だから昨日までや、明日から、手塚が遅くまで学校に残って仕事しても、俺たちは別に止めない。生徒会室に生徒会役員でもない奴が居座るなって言われたら、黙って出ていく。でも今日は、できるだけ早く学校を出てもらわないと困るんだ」
 手塚の左側に積んである、まだナンバーを打たれてないパンフレットの内、三分の二を俺は抱え上げる。更にそれを半分にして、距離をおいて机の上に置いた。
「どう言うつもりだ?」
「本当に判らないのか? 今日、お前の誕生日だろ」
 ガシャン、とこころなしか大きな音がして。
 ナンバリングの音が、再び途切れた。
「タカさんの家のお店、わざわざ場所を取ってもらっているんだ。乾とか不二とかタカさんは、先に行って準備してる。英二と俺は手塚を店まで連れて行く係。だから早くここを出てもらわないと困るんだよ」
 俺が笑いながら手塚を見下ろすと、手塚は俺から視線を反らして、またもナンバー打ち作業に集中した。
 どう反応していいか、困っているんだろうな、もしかしなくても。
「大石、ナンバリングふたつ発見〜!」
「サンキュ、英二。ええと、手塚は今千番台にはいったところか。じゃあ二千番台と三千番台、それぞれ使っても大丈夫かな?」
「……ああ」
「パンフレットの右上にある切り取り線の外側と、真ん中に押せばいいんだよな、ナンバー」
「……ああ」
 返事はそっけなかったけれど、拒絶されていない事だけははっきり判る。今日ばかりは大人しく、手伝わせてくれるらしい。
「やったな大石! なんとか間に合うんじゃん?」
「ああ、そうだな」
「あんな素直な手塚、はじめて見たかも」
「……そうかもな」
 手塚に聞こえたら、もっと困るかもしれないから、聞こえないように小さな声でそんな会話を交わして。
 それから俺は英二と顔を見合わせて、声を殺し、肩を震わせながら笑ってしまった。
 うん、今日は楽しいパーティになりそうだ。


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