ガードレール

 今日は部活後、大石と一緒に帰る事になった。
 それってのはイコール、俺が珍しく、大石の仕事が片付くまで待ってたって事なんだけどさ。
 だってだってだって! 今日は特別な日なんだぜ! なんたって、大石の腕が治った記念日なんだからさ!
 いや正確には、昨日お医者さん(大石のおじさんだって)にオッケーもらったらしいから、昨日が記念日なのかもしれないけど。
 じゃあ言いなおそう。
 今日は、ゴールデンペア復活記念日だ!
「嬉しそうだな、英二」
 両手広げて絶妙なバランスをとりながら、長く続くガードレールの上を歩く俺を、隣を歩く大石が見上げながら、言う。俺がやたらにやけてるから、ヘンに思ったのかもな。
「へへーん、だって今日、すっげー久々に大石とダブルス組めたじゃん。だから嬉しくってさ!」
 大石は少し、照れたように笑って、
「うん。俺も嬉しいよ」
 って言ってくれた。
 そだよな。俺は大石が怪我してて、ダブルス組めなかったのは寂しかったけどさ、テニス自体はするコト、できたけど。
 大石はテニスすらできなかったんだもんなー。俺よりずっと、ずーっと、嬉しいんだろうな。
「嬉しいから、そんな所を歩くのはやめろよ、英二。せっかく俺の怪我が治ったのに、お前が怪我したら元も子もないから」
 そりゃそうだ、って納得した俺は、ひょいってガードレールから飛び降りて。
「よーっし大石、今日は俺のおごり! 何食う? なんでも好きなもん言っていーぜっ。オムレツとかー、エビフライとか」
「それは英二の好きな食べ物だろ」
 あ、そかそか。
 うーん、でも、大石の好きな食べ物ってなあ。串揚げやはまぐりのお吸い物置いてる店ってなんか高そうだし、梨は季節ハズレだし。もうちょっと中学生のサイフに優しいもの好物にしろっての。
「そうだなあ。それじゃ……」
 上目使いに考えこみはじめた大石。
 ちょっと時間がかかりそうだから、俺はなんとなく西の真っ赤な空を眺めながら、大石より数歩先を歩きはじめる。
 小学生の低学年くらいかなあ、ちっこいやつらがわらわら集まって遊んでたり、犬の散歩してるおねーさんとすれ違ったり。
 それなのになぜか静かな空気が、不思議な感じだ。そーゆーの嫌いじゃないけどさ。
「そろそろ決まったか? おーい……」
 俺が振り返ると。
 大石がテニスバッグをその場に放り投げて、手をついて、ガードレールを飛び越えた。
「大石!?」
「こら、危ないぞ!」
 転がったボールを追いかけた子供が、道路のど真ん中まで飛び出してきてて、駆け寄った大石は子供の背中を押して、歩道へ戻そうとしたんだけど。
 すぐそこの交差点から飛び出してきたバイクが、大石たちの方につっこんできた。
 キキキキィ、って鳴り響く、急ブレーキ音。
「大石!」
 大石は子供を抱きしめて、その場を飛びのいた。
 ガン、って大きな音がして、ガードレールに大石の体がぶつかる。
「大石!? 大石!」
 走り去るバイクを呼び止めるのも忘れて、俺は慌ててガードレールを飛び越えた。
 頭ん中、真っ白になって。
 バクバク言ってる心臓の音しか、感じられないくらいに。
 力無くガードレールに背中を預けて、ちっとも答えてくれない大石に、不安ばっかりが強まるんだ。
 俺は大石の隣に膝をついて、おそるおそる、大石に手を伸ばした。
「大石……?」
「そんなに騒がなくても、大丈夫だよ……英二」
 大石は少し困ったように、俺に笑顔を見せてくれた。
 痛そうに頭とか、背中とかさすりながら、緊張がほぐれて泣きはじめた子供の頭を優しく撫でて、「もう大丈夫だよ」とか言っちゃって。
「お母さんとか先生に、注意された事があるよね? 道路に飛び出しちゃいけないって」
 子供は顔ぐちゃぐちゃにして肯いてる。力いっぱい泣き喚いて声も出ない感じだ。
「怖かった?」
 またひとつ、肯いて。
「じゃあ、もうしないな?」
 コクコクと、しつこいくらいに肯いた。
 それから大石は、心配そうにわらわら集まってきた子供たちにその子を家まで送ってあげて欲しいとかたのんで、そんで制服の埃をはらってから、俺に振り返る。
「さ、行こうか、英二」
 無駄に爽やかに笑いながら、テニスバッグを肩に担ぐ大石。俺が放った俺のバッグを拾うのも忘れない。
 でも俺はなんだか腹が立って、返事をしなかった。
「英二?」
「ほんとなんつーか、バカだよな、大石はさぁ!」
 俺は目がでっかくて丸いから、にらんでもぜんぜん迫力が無いって不二とか乾とかによく言われるけど、それでも精一杯にらんでみた。
 大石は一瞬目を丸くしたけど、俺が怒ってる理由がすぐに判ったみたいだ。
「心配かけてごめんな、英二」
「心配とかっ! そーゆーのもあるけど! ほんっとお前、何考えてるんだよっ! 七月のランキング戦までもうチョットしかないんだぜ! 七月のランキング戦勝たなきゃ、全国大会出られないんだぜ! 判ってんのかよ!」
「うん、判っては、いるんだけど」
「関東大会お前がいなくて、俺ほんと困ったんだぜ! お前とダブルス組めなくてすっげ、寂しかったんだぞ!」
 大石は一瞬言葉に詰まった感じでうろたえた。
 それから。
「本当に、ごめん」
 そんなふうに、お辞儀の見本みたいに頭下げられたらちゃったらさ。
 いくら俺だって、これ以上怒れなくなるじゃないかっ!
 判ってるよ。判ってるんだよ俺だって。この間の妊婦さん時だって、今だって、いくら大会が控えているからって、人として見逃しちゃいけない状況だってのは。
「怪我、ないのかよ」
 俺はフン、って顔を反らして聞いてみた。
「それは大丈夫だ。こぶとかあざとかできるかもしれないけど、テニスに影響は無いよ」
「本当に?」
「ああ」
「そんならいいけどさっ!」
 照れ隠しに乱暴に、大石の手からバッグを奪って歩きはじめる俺。
「英二」
 そんな俺に、大石は優しい声をかけてくる。
 知ってるぞ俺。大石はこう言う声かけてくる時、顔、笑ってんだ。
「心配してくれてありがとう」
 ……くっそー。
 ぐうの音もでないってやつだ。もう、完璧に俺の負けじゃん。ほんとムカツク。
「別にいいけど、そのかし今日は大石のおごりだかんな!」
「そう言えばいつものファミレスでシーフードフェアやってたな。エビフライでいいか?」
「マジで!?」
 あの店のエビフライ、マジ美味いんだよなーとかウキウキしちゃってふり返ると、大石がちょっと声を上げて、笑いはじめた。「英二は本当にエビフライが好きだな」なんて言っちゃってさ。
 ……どうせ俺は、変わり身が早いよ。ちくしょー。
 なんて、俺はほっぺた膨らまして不満を現してみたけど。
 大石がすっげー、楽しそうに笑うからさ。
 なんかもういいやって気分になって、いっしょに笑ってみた。


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