たまには受験生らしいコトしてみようなんて思ったのが、そもそもの間違いだったかもしれないなあ。 俺は本屋の入口で、空を見上げながら途方に暮れていた。 「さて、どうするかな」 回りの人に聞こえないように独り言をこぼしてから、ため息をひとつ。 今、俺が小脇に抱えた紙袋には、今買ったばかりの英語の参考書が入っている。これをレジに持っていったその時は、なんとなく誇らしくもあったんだけど、今となっては忌々しいくらいだ。 俺がこの本屋に来たその時点では、空模様は確かに怪しかったけれど、問題なかった。買い慣れないものを買うために、色々と悩んでいる時間に、天気は変わってしまったらしい。 現在、外は雨。 大粒の雫が、街路に次々と叩きつけられていく。 普段だったら家まで走って帰ったかもしれないけれど、手元には買ったばかりの紙製品。 まだ一度も使ってないのに、これを濡らして帰るのは、ちょっとしゃくだよな。 まあ、なんか通り雨っぽいし。 適当に立ち読みして時間を潰していれば、すぐに止みそうだな。 俺は踵を返して、雑誌売り場の方に足を運んだ。 雑誌売り場の方に足を運んでみれば、見飽きるくらい見慣れたでかい図体。 なんで、こんな所に居るんだ? まあ、何か本を買ったんだろうけど。俺が持つのと同じ紙袋を持っているし。 「あ……」 「おう、サエじゃねえか。偶然だな」 テニスの雑誌を熱中して読んでいたらしいバネは、俺が声を上げるとさすがに気付いたみたいで、雑誌から目を離して俺を見下ろす。 確かに、すごい偶然だ。 たまたま同じ時間帯に、お互いに本屋に来るなんてね(お互いに一番近い本屋がここだから、ふたりともこの本屋に来て居る事は、当然の事であって偶然ではない)。 「バネが本屋に居るなんて珍しいな。どうしたんだ?」 「おう。ちょっと漫画買いに来たんだよ」 漫画、ねえ。 ……受験生だって自覚、あるのか? コイツは。 まあ今日はじめて参考書を買ってみた俺に、バネの事をとやかく言う権利はないんだろうけど。 「漫画を買っているうちに、雨に降られた? 傘を持ってなくてしばらく立ち読みしながら雨宿り?」 「おう。よく判ったな」 「俺もまったく同じだからね」 「なんだ、俺たちは同じ頃に本屋に来たって事か?」 「そうなるね」 「その割にはなんで今まで会わなかったんだろうな? でかいってほどでかい本屋でもねえのに」 そんなのは。 「簡単な事さ。参考書売り場と漫画売り場が離れているからだろう」 俺は買ったばかりの参考書で、自分の肩をトントン、と叩いて、にやりと笑った。 参考書は本屋の紙袋に入っているから、外から見ても何の本だかは判らないけれど、話の流れでこれが参考書だって事くらいは判断できたんだろう。バネはバツが悪そうに眉間に皺を寄せている。 「しっかし、お互いについてないね。出かけた先で雨に降られて、帰れなくなるなんてさ」 「ま、それはそうだけどよ」 バネはそれまで開きっぱなしだった雑誌をバサリと閉じて、置き場に戻した。 「考えようによってはついてるんじゃねえの? いくらでも時間が潰せる本屋に居る時に雨が降ってくれてよかった、ってな」 かなりむりやりに前向きだなあ。まあバネらしくていいとは思うけど。 「そうかもしれないね。退屈になるはずだった時間に、友達に会えたとなれば、なおさら」 「……だろ?」 バネは何やら勝ち誇ったように、にっと笑う(何に勝ち誇っているんだか)。 「あ、そうだ。ちょうどよかったわ。明日話そうと思ってたんだけどよ、さっき見た記事がさ、こないだお前が前言ってたヤツだと思うんだよ」 バネはいったんおいた雑誌を再び手にとって、パラパラとめくる。 俺はバネの隣に立って、バネが手にする雑誌を覗き込む。 「お、これこれ!」 「ああ、そうそう。よく覚えてたね、バネなのに」 「俺なのにってどう言う意味だよ」 「いやいや、深い意味はないよ。バネなのによくこんな細かい事覚えていられたな、ってさ」 「意味ありまくりじゃねえかよ!」 バネが俺を怒鳴りつけると、静かな本屋の中に響き渡ったのか、周りの注目が集まってしまう。 それに照れているのか慌てているのかなバネの様子がたまらなくて、俺は必死に声を抑えて笑った。 そうだな。 こんな雨宿りなら、楽しくていいかもしれない。 |