ビタミン剤

 土日でも祝祭日でもない平日の真昼間に、家で眠っていられるなんて、俺ってラッキ〜☆
 ……なんて言う気にもなれないのは、朝の時点で三十八度を越える熱があったからなんだろうなあ。
 うー、辛い辛い。こんな熱出すのなんて、いったい何年ぶりだろ。
 ゴホゴホ咳込みながら、ぼんやりそんな事考えていた俺は、あやうく体温計の小さなアラームを聞きのがすトコだった。
 あ、熱、計り終わったんだ。少しは下がってるといいな〜。
 俺は体温計を取り出して、ちょっとぼんやりしている意識を頑張ってはっきりさせて、そこにある数字を確かめた。
 三十七度八分。
 わあい、熱、下がってる〜。ラッキ〜☆
 ……なわけないよねえ。やっぱりねえ。
 なんか、数字で見せつけられると、本当に俺病気なんだって、思い知らされちゃって、余計に辛い気がするよなあ。
 あーなんかもう……どうでもいいや。寝よ。
 俺は体温計を枕元にある棚において、もそもそとふとんにもぐりこんだ。

 それから何時間寝たか判らないけど。
 昨日だって割と早めに寝て、朝起きてご飯食べて薬飲んですぐに寝たのに、まだこんなに眠れるんだから、やっぱ俺ってば弱ってるんだなあ、病人なんだなあって自覚する。
 俺はカーテンの隙間から窓の外を見た。
 空は真っ赤に染まってて、ああ、もう部活が終わった頃かなあ。夕焼けが綺麗だと明日は晴れるんだっけ? 明日の俺は、みんなと一緒に部活できるかなあ。
 そりゃ、みんなが学校行ってる間に、家で「いいとも」見れたのはちょっと気分いいけどさ。
 やっぱやだな。病人なんてつまんない。寝てばっかで一日過ぎちゃうんだもん。時間もったいないよ。
 ……もっかい熱、計ってみようかな。
 なんかけっこう、体が楽になった気がするから、俺は上半身を起こして、体温計を手にとってみた。
 俺の部屋のドアが開いたのは、そんな時。
 家族の誰かが俺の様子を見に来たのかなって思って、俺がドアの方見てみたら、俺が今日着ることのできなかった白い学ランがそこにあって、ビックリした。
「あ、起きてたかの、千石」
「それとも起こしちまったか? だったら悪い」
「地味’s……」
「地味’sって言うなっていつも言ってんだろ!」
 南は手に持ってるスーパーのビニール袋から、なんか取り出して、俺に投げつけてくる。
 ひどいよ〜、俺、病人なのに!
 まあ南もそれは判ってるみたいで、ものすごく優しく、布団の上にぽてって落ちるように投げつけてきたんだけど。
「何、コレ」
「オレンジだよ。見て判らないのか?」
 いや。判るってばそれくらい。
「東方、俺のことバカにしてる?」
「お前が俺のことを地味扱いするくらいにはな」
 う……。
 さすが地味’s。し返しも地味だなあ。
「みんなからうちのエースへの見舞い品を、代表で俺たちが持ってきたんだよ。風邪にはビタミンがいいらしいから、とりあえずオレンジと、みかんの缶詰と」
「病人に缶詰って言ったら桃缶じゃないと駄目だよ南……」
「うるせえ。あと、ビタミン剤も一応用意しといたぞ。これなら飲むだけだしな」
 南はビニールからひとつひとつ取り出して、説明しながら、それらを俺の机の上に並べてく。
「ほら。これだけあれば、きっとなんかは効くだろ?」
 なんか、すっごく得意げに、振り返った南は笑うんだけど。東方もその横で、微笑んでたりするんだけど。
 あー……なんて言うかさあ。
 弱った病人に、これはちょっと、キツイよねえ。
「ってか」
「ん?」
「……なんでもない」
 俺は体をベッドに戻して、顔を隠すように、布団をぐっと引き上げた。
 何て言うか。
 ビタミンがホントに、風邪に効くって言うなら。
 一番効果があるビタミン剤は、たぶん、机の上に並んでるものじゃなくて、何て言うか、うん、そうだなあって、思ったわけよ。俺は。
 熱のせいにしてごまかしたって、口には出さないけど。


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