かみなり

 昇降口にぺたりと座り込んで。
 目をぎゅっと閉じて、耳を塞いで、うずくまる。
「もー、やだぁ……」
 そんな事言っても無駄だって事は判ってるんだけど、私はついつい、そうつぶやいてた。
 そろそろ大丈夫かなあ、なんて、おそるおそる顔を上げてみると、黒い雲を切り裂くように光るカミナリ。私は小さく悲鳴を上げて、また顔を伏せた。数秒時間をあけて、ゴロゴロゴロ、なんて重い音が、耳を塞いでいるのに聞こえてきちゃう。
 カミナリは嫌い。音が大きくてうるさくて、ピカッて光るのも、怖いもん。
 男の子や、女の子の中でもときどき、カミナリがカッコいいとか、好きだとか言っている人いるけど、そんなの信じられない!
 もー、なんでこんな日に委員会なんかあったのかしら、なんて運命を呪ってみたり。
 委員会さえなければ、授業が終わってすぐに帰って、そしたらカミナリが鳴る前に家に着いたのに。家にいたって怖い事にかわりはないけど、弟'sと一緒にいれば、少しはなぐめられたのにさ。
 うわ、また光った! 怖いよー!!
「何やってんだ、てめぇ」
 かすかな低い声が、耳に届いた。
 朝から雨が降り続いてて、このカミナリで、外の運動部はもちろん、室内の部活も今日は中止。三十分くらい前に、残っている生徒はすみやかに下校しましょうって放送が入ったくらい。
 だからこんな真っ暗な校内に、私以外の生徒が残っているとは思わなくて。
 なんだか凄く嬉しくて、後先考えずに顔を上げちゃう私。
 うわ。
 すごくコワイ顔! 目付き悪いし、なんか睨んでくるし! 確かリョーマ様と同じテニス部の、えーっと、そうそう、海堂センパイ。いつもバンダナつけてる人だわ。
 もう、せっかくカミナリの怖さごまかせると思ったのに、もっとコワいじゃない、この人じゃ!
「放送聞かなかったのか」
「聞きました!」
「じゃあ早く帰れ」
「私だって帰りたいです! でも。怖くて……」
「怖い?」
 海堂センパイは、ちらりと空を見上げて。
 あ、また光った! しかも、なんか近くない!? 光ってから音がするまで、間がすごく短いよ!?
 もー、もー、もー!! どうにかしてよ、アレ!
「雷が怖いのか?」
「それ以外何があるって言うんですか!」
 やばっ。
 ワタシ、カミナリのせいで、そうとう気が動転してるみたい。じゃなきゃ、あんな怖そうな海堂センパイに怒鳴りつけたりしないもん。
 カミナリよりもすごい勢いで怒鳴られちゃうんじゃないかって、ビクビク身構えていたんだけど。
 海堂センパイは私の事なんか気にならないみたい。ちょっと離れた所に、無言で座り込んだ。
「……センパイは、帰らないんですか?」
「傘、忘れた。もう少し落ち付いてから走って帰る」
「ふうん……」
 それから私たちは、ずっと無言のまま。
 私はカミナリが止まるのを、海堂センパイは雨が落ち付くのを、ふたり並んで、静かに待ち続けた。沈黙はちょっと居心地が悪かったけど、でも、ひとりで居るよりはぜんぜんマシみたい。
 何分か、何時間か。どのくらい時間が過ぎたかなんて、判らないけど。
 カミナリの光も音もどこか遠くに過ぎ去って、私が顔を上げたちょうどその時、海堂センパイは地面を蹴るように立ち上がって、雨の中を飛び出して行った。
 水の跳ねさせながら走り去る音が、少しずつ遠ざかっていく。
「なんなんだろ」
 思わず私は呟いてた。
 外を覗いてみるけれど、さっきと雨の強さ、あんまり変わった感じしないんだよね。この程度で走って帰るなら、あんなに待たないで、さっさと帰ればよかったのに、なんて思ったりして。
 ま、いっか。別にかんけーないし。カミナリがまたいつ鳴りはじめるかわかんないし、さっさと帰ろー。
「……ん?」
 ぽんぽんぽん、と不規則に傘に当たる雨の音に耳を澄ますと、何だかひっかかるものを感じて、私は振り返った。
 下駄箱の隣に置いてある傘立てを、なんとなく覗いてみたりして。
 こんな雨の日だから、傘立ては当然ほとんどからっぽ。古臭いボロ傘とか、ビニール傘とか、そんなのがぽつぽつ残っているんだけど。
 一本だけ、なんだかちょっぴり高そうな、黒い傘が残ってる。二年七組の傘立てに。
「海堂センパイって、二年七組じゃなかったっけ?」
 あれ?
 そう言えば今日って、朝からすごい雨じゃなかったっけ?
 それなのになんで、傘持ってくるの忘れるのかしら。
 忘れてないのかな? あの傘、実は海堂センパイので、傘を忘れてなんかないのに、忘れたフリをしてたのかしら。
 でもなんで? そんな事したら家に帰るの遅れるし、雨に濡れちゃうし、最悪じゃない。
「――まさか」
 まさかとは、思うけど。
 ありえない、けど、もしかして。
 私があんまり怯えてるから、カミナリがおさまるまでの間、わざわざ一緒に居てくれたのかな……?
「そんなワケないじゃない! あんなこわ〜い顔の海堂センパイが!」
 そんなワケないとは、思うけど。
 思うんだけど。
「うー……」
 なんかよく、わかんないけど。
 明日もし海堂センパイに会えたら。
「昨日はありがとうございます」って、言ってみようかな。


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