スピード狂

 天気はおあつらえ向きに快晴。
 雲の存在をどこかに置き忘れてきた青空に浮かぶ太陽は、ギラギラと地上を照らして、過ぎ去った夏を思い起こさせる。
 その暑さとか眩しさとかに過剰反応してしまうのは、俺が他の人より少しだけ、太陽に近いせいだろうか。
 そんな事を考えて少しぼんやりとしていた俺の目を覚ますように、ぐい、と腕が引っ張られた。
「石田さん! あれ! 次はあれに乗ろ!」
 見下ろせば、杏ちゃんが笑顔で一方を指差している。その先にあるは、この遊園地の目玉であるジェットコースター。
「あ、うん」
 急がなくてもアトラクションは逃げたりしないと思うんだけど、行列が長くなってしまうのが嫌なのか、杏ちゃんは俺の腕を引いて走り出した。
 こんな事に運命と言う言葉を使うのはちょっと大げさな気もするけど、ほんと、運命ってのは不思議なものだと思う。本当ならば今日は、杏ちゃんとふたりでのんびりとした一日を過ごすはずだったんだから。
 小遣いをそんなにもらっているわけでもないし、会う人全員に「とても中学生には見えない」と言われてしまうくらいでかくてもまだバイトができる歳でもないし、つまりはサイフの中身に余裕がないから(お互いに)、そうそう金のかかるところには遊びに行けないのが現実だ。
 そののんびりとした予定を返上して遊園地なんかに居るのは、まあ、運が良かったからかな。うちが今月新聞の契約を更新したら、新聞屋さんが気前良く遊園地のタダ券をくれたんだ。
 本来ならば妹のものになるはずだった券を俺が使っているのは、有効期限が今月中で、なおかつ土日祝祭日には使えないと言うなんだか少し詐欺臭いものを、妹が使う事ができなかったから。そして、たまたま今月、うちの中学の創立記念日があったから。
 うん、やっぱり、運かな。
 あるいは母親がうっかりしていたおかげかもしれない。有効期限とか使用条件とかちゃんと見てたら、こんな券じゃなくて洗剤とかもらってただろうからなあ。

「おもしろかったねー!」
 朝一で入場してからずっと遊園地の中を駈けずり回っているのに、杏ちゃんは疲れた様子を全然見せない。ずっとずっと嬉しそうにはしゃいでる。
 なんだか凄く嬉しいと言うか、誇らしい気分になってしまうな。いや、俺がした事と言えば、ゴミになりかけた券を親からもらって、杏ちゃんを誘った事だけなんだけどさ。
「やっぱ平日っていいね! ここ、東京に来たばかりのころに一度来た事があるけど、その時は土曜日だったから、すっごく混んでたもん」
「ああ、やっぱりそうなんだ」
「そうだよ〜」
 のんびりと過ごす時間も俺はすごく好きだけど、こう言うのもたまにはいいよな。
「石田さん、あれ、もっかい乗ろ!」
 杏ちゃんはさっき乗ったばかりのアトラクションを指差す。
 まあ。
 朝からずっと。
 絶叫系にしか乗ってない事が気にならないこともないんだけど。
「うん」
 のんびりとは縁遠い一日になっちゃったよなあ。
 杏ちゃんはとても楽しそうだし、俺も凄く楽しいし。
 だからその事自体に不満があるわけは、ないんだけれども。


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