鬼教師

 毎日毎日、練習の積み重ねが大事だ! ってのは、もう耳にタコができるくらい聞かされたし、言われなくても身に染みて判ってるけどさ。
 でもやっぱり、試合してるのが一番楽しいと思うワケ。俺は。本番はもちろんだけど、練習でも、模擬試合でもいい。
 だーって、コートん中、好き勝手走りまわって、飛びまわれるしさ。練習の成果を発揮できるってのも、なんか達成感があって気持ちいーし。
 お、Aコートでは桃が、気持ち良さそうに飛んで、ダンクかましてる。相手が不二じゃなくてよかったなー、桃!
 その向こうのBコートでは、海堂のスネイクに体力削られて荒井がヘロヘロになってる。
 なんだよみんな、楽しそうだなー。俺も早く試合やりたいやりたい!
 今回は対戦カードも順番も、乾とか手塚とか竜崎センセーとかが決めたんじゃなくて、完全にくじ引きだったから、誰を責めるわけにもいかないんだけどさー。後の方のくじ引いちゃった自分を恨むしかない。ちぇ。
「ゲ……ゲームセット! ウォンバイ手塚!」
 一番奥のCコートから、そんな審判のコール。
 まじで!? もう決着ついちゃってんの!? だってまだ試合はじまってから十五分くらいしか経ってないじゃん。
 手塚ってば相変わらずすっげーの。まあ、おかげで助かったけどねん。
「よーし、勝負だ! 乾!」
「そうだな」
「なんだよ乾ー、テンション低いぞー!」
「そうでもない」
「ははーん。さては、俺と勝負すんのが怖くてビビッてんだろ!」
「ふむふむ、なるほど。菊丸は起きている時から寝言を言う、と」
 むー。乾ってほんっと、かわいくねーの!
 ま、かわいい乾なんて、気持ち悪いけどさ。
 俺はラケットを振り回しながら、コートの中に駆けて行く。乾は相変わらずマイペースに、ゆっくり歩いてくるから、ネットを挟んで向かいに乾が立つまでの時間、俺はすごく待ち遠しかった。
「フィッチ?」
「ラフ」
 ラケットは回る。あれ、俺、気合入れて回しすぎちゃったかな? ってくらいに、妙に長い。
 カラカラと音を立てて回るラケットが、倒れてくれるのをずっと待ってて、そんで、それがどうも表っぽくて、よっしゃ、サーブ権いただき! とか思って、小さくガッツポーズとってたトコで。
「菊丸!」
 カラン、とラケットが倒れきるのと、コートの外から俺を呼ぶ声がしたのは、ほぼ同時。
 俺は呼ばれる声にしたがって、コートの外を見て、俺の代わりに乾が、俺のラケットを拾ってくれた。
 俺を呼んだのは、竜崎センセーだ。
 なんとなく怖い顔してる。えー、なんでだろ。
「ちょっとおいで」
「えー、なんでなんで!? 俺これから試合なんだけど! しかも、俺のサーブから!」
 そうやって俺が反論しても、竜崎センセはー怖い顔のまんまで、って言うかむしろもっと怖くして、ズカズカとコートの中、入りこんでくる。
 ぶー! 試合中のコートに他の人が入るのはマナー違反ですー!
「菊丸」
 竜崎センセーのおばさんにしてはがっしりした手が、俺の肩を掴む。
「お前まさか、今日数学の補習があるって事、忘れたわけじゃないだろうね?」
 ……!
 わ……忘れてた……!
「いや、でも、ほら、さ! もうすぐ大会だし、練習しないと、やばいじゃん!」
「今お前に必要なのは、テニスよりも数学の練習じゃないかい?」
「そ、そんな事、無いって! こないだの期末テスト、たまたま悪かっただけじゃん! いつもは、補習受けるほど、酷くないじゃん!」
 これはホントだって。
 今回のテストは証明問題が多くて、証明問題って、ワケ判らないし判っても意味なさそうなのに、配点が多いから、間違えるとタイヘンで。だから、今回はいつもよりちょっと、だいぶ、かなり、点数が悪かっただけで。
「いちいちうるさいねえ。男なら潔く黙って補習に来な!」
「やだ!」
「いいかい? 十分以内に三年一組の教室に来なかったら、夏休み中毎日補習にするからね! そんな事になったら、全国大会、レギュラー落ちは確実かねえ?」
「……!」
 そんな事言われちゃったら、俺は、どうしようもなくて。
 なくって。
 ないかな……ないよな……。
 くっそー!
「竜崎スミレの、オニー!」
 俺はコート中に響くようにそう叫んで、コートから飛び出した。
「ふむ。俺の不戦勝か。これは予想外だったな」
 乾も、うるさい!


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