「づっかれた〜!」 俺はそう叫びながら、部室の椅子にどっかり座り込んでみた。 あー、判爺用の椅子、フカフカしてて座りごこち良さそうだな〜、どうせ今居ないし、あっちに座らせてもらおうかな〜。 もうホント疲れた今日。カンベンしてって感じだったね。 判爺ってばいつもと変わらないにまにま笑顔で平然と練習量増やすから、困っちゃうよ。 「早く帰ってお腹いっぱいゴハン食べてお風呂入って寝ようっと」 「千石さん。今日から毎日部活の後に五キロ走りこむぞ! って練習前に宣言してませんでした? 脚力と体力を鍛えるんだ! って」 俺ももう三年生だし、だから色んな後輩がいるけどさ。 ツッコミの厳しいクールな後輩が、一番やっかいだなあと思う今日この頃。 「うん、言ったけど……」 ちょっと調子にのって。勢いで。 「三日坊主って話はよく聞きますけど、はじめる前からさぼるってよっぽど根性ないですね」 室町くんの怖いところは、これが嫌味のつもりじゃなくて、客観的な指摘でしかないって事なんだよねえ。 はいはい、そうですよ。ここでやめたら俺は単なる根性なしですよっ! 「判ったよ。走るってば。少なくとも三日間は!」 「そんな堂々と三日坊主宣言しないでくださいよ」 うう。ホントに厳しいなあ、室町くん。 「何で俺だけみんなより余計に練習しないといけないのかな〜? 孤独なエースは辛いよね」 「何が孤独なエースですか。自分で勝手に走るって宣言しただけでしょう」 「そこはツッコまないでよ。俺今、孤独なエース設定に浸ってるんだから」 孤独なエース。カッコイイかもしんない。 誰よりも強くないといけないから。みんなが学校がえりに遊んでいる中、ひとりもくもくと練習を積むんだ。辛いけど、理解者なんて居ない。それが最強を名乗る人間の運命……! ……。 カッコいいかもしれないけど、つまんないから、やっぱヤだな〜。 「大体、今日から千石さんが走りはじめたとしても、自主トレしているのは千石さんだけじゃないでしょう」 室町くんは俺から視線を反らす。 俺も、室町くんを追いかける。 俺たちふたりは、机のはしっこを陣取ってノートを広げる、南と東方を目に映す。 「うん。そうなんだよね」 もちろん知ってたよ。室町くんに言われなくても。 あいつら、練習後だってのに、みんな帰る事しか考えてないのに、そんな事全然考えずに頑張ってるよね。 あいつらの広げるノートに、いくつのテニスコートが書かれてるか、数えるのもめんどくさいんだろうなあ。 だってさ、あらゆる状況を想定して、どっちがどのコースにどんなボールを打つべきかとか、大雑把だけど書いてあんのね。その横にはちゃんと「この時のサインはコレ」とかってメモられててさ。 あと、月に何度か、昼飯食いながらとか放課後コロッケ食べながらとか、ふたりでサインの復習してんだよね。試合中は基本的に、状況判断をしながら南がサインを出すんだけどさ、東方がそれを覚え間違えてたら、どうしようもないからね。 本能的に試合してる俺とはさ、基本的にこう、違うから。 だからマネしようなんて事は、ちっとも思わないんだけど。 偉いなあ、見習わないとダメかなあ、なんてうっかり思ってみたんだってば。何時間か前に。まあいきなりくじけそうになったけど。 やっぱ。 今日、ちゃんと走ろ。うん。 「こら、千石!」 「へ?」 すこーーーーーん、と。 名前を呼ばれた瞬間に、おろしたての消しゴムが俺の眉間にヒット。 「な、何!? いきなり何事!?」 投げたのはどうも、南っぽいんだけど。ってか、南以外ありえないんだけど。 ナイスコントロール! なんて褒める気にもならないって! こんなの! 「お前ニヤニヤ笑いやがって、地味だ地味だ思ってんだろ俺たちの事!」 「思ってないよ!」 「いーやお前がそう言う顔してる時は絶対思ってんだ!」 被害妄想って言うんだよそう言うの! 「いや確かにちょっと……ってかだいぶ……うん、思ってたけどさ!」 「やっぱりかこのやろう!」 消しゴムに続いて、第二弾。 今度はボールペン(赤)だった。 うわっ、いきなり凶器になってるじゃん! ひどいよ南! そりゃふたりとも地味な事コツコツしてるなあって思ったけどさあ、今日はいい意味でじゃん! 「あーもー! 俺、怒ったもんね!」 孤独なエースの自主トレなんて、もう絶対やってやんないから! 初日からサボってやるからな! 見てろよ! 「南部長のカン、冴えてますね。地味センサーでもついてるんですかね?」 ……そんな事言ってるヒマがあったら可哀想な俺を助けてよ室町くん。 |