暑さへの強さになら自信がある俺でさえ、口を開けば「暑い」としか出てこない。今日はそんな日だった。 当然他の連中は、とっくにへろへろだ。ダビなんてダジャレを言う余裕もないらしい(おかげで俺はツッコミに余計な体力を消耗させなくてすむんだが)。 そんな日に限って、部活は朝から晩まであったりしやがる。みんな短い休憩時間は、ありったけの水分を摂って、風通しのいい日影を探して、そこに避難する。 「バネ、そこ、占領するなよ」 水道のとこにしゃがみこんで、頭っから水をかぶってたら、突然背中を蹴られた。 「あー……悪ぃ」 どうせすぐ次が使うんだからと、水出しっぱなしにして、俺は水道を離れる。すぐ近くにできていた木陰に入って風にあたると、いい感じに体が冷えて気持ちいい。 少しだけ気持ちに余裕ができた俺は、ふと水道の方を見た。 おいサエ。お前、俺に占領すんなとか言っといて、お前も占領してんじゃねえか。まあ次がつかえてないからいいのかもしれないけどよ。 「そう言えばさあ、バネは知ってるのかな?」 しばらくすると、蛇口を閉める音がする。 頭っからダラダラ水を流したサエが、顔にかかる髪をかきあげながら、木陰に入って来た。頭冷やしたせいで少し復活したのか、口調が軽快だ。 「何を」 「今日は弁当とか持ってくるなって言われた理由」 「あー、しらねえ。午後も練習あんのに、メシ抜きってわけじゃねえよな?」 「今年もまた、オジイんちにお中元で大量にそうめんが届いて、処分に困ったから俺たちに食べさせようって魂胆らしいよ。剣太郎以外の一年が今、調理室で茹でてるって」 「……マジでか!?」 そう言えば去年もそんな事言って部活中にそうめん食った記憶があるぞ、俺。 でもまあ、こう暑いと、飲むのも食べるのも冷たければ冷たいほどいいってのが正直な所で、この夏はまだ食べ飽きるほどそうめん食ってないのもあってか、正直、嬉しかった。 全員の腹にたまるだけの量があるのかって心配はあるけどな。 「マジマジ。うちもひと箱、提供したし。お中元で来たやつ。親父が仕事の日の昼に一回食べただけだから、あと十食分は軽く残ってたと思うんだよね」 お中元で届くそうめんっつうのは、どこの家でも厄介もの扱いされるんだろうか。 うちは昼飯に夏中食ってるけどな、そうめん。たまにうどんやソバになるけどな。 ……飽きるよな、確かにな。 でも今は食いたいぞ。本気で。 「あと誰だっけな……忘れたけど、畑からスイカくすねてきたらしいから、それもある」 「おー」 「それから亮が家からカルピス一パック持ってきたから、あとで三年連中でこっそり飲もうかって」 「それもお中元か」 「もちろん」 「みんなには分けられねーか」 「ものすごく薄くなってもいいならできるけどね」 「……いやだな」 「だろ」 午前中のハードな練習に疲れたのと、何より暑さで、俺もサエもあんまり体力が残ってない。 どんどんしゃべるのが億劫になって、言葉が短くなって、しまいにはめんどくさくなって、声を出すのをやめた。 腰下ろして木に寄りかかると、幹は冷たいと言えるほどじゃぜんぜんなかったけど、俺の体に比べりゃ冷たくて、体温が吸い取られるような感じが気持ちいい。 ……あー……。 暑い、よなぁ……。 部活も楽しいけどよ、今はそれより、海で泳ぎてぇな。 「サエさーん! バネさーん!」 ばたばたばたと、力強い足音が近付いてくる。 「おう、どうした剣太郎」 「あのさあ、聞いた聞いた!? 今日のお昼、ソーメンだって!」 「おう、聞いたぞ」 「すごいよねー、なんかさあ、学校でソーメンってありえなさすぎてわくわくするよね! 楽しみだな〜。あ、なんかね、もうそろそろできあがるから、みんな調理室に来いってさ!」 今日びそうめんひとつでこんなにハイテンションになれるやつを俺は他に知らないが、良く考えてみれば確かに学校でそうめん食うってありえないよな。 「……思い出すなあ」 剣太郎のテンションに着いて行く気力がなかったのか、これまで一言もしゃべらなかったサエが、突然呟く。 「何!? 何を思い出すの!?」 ほんと、テンション高ぇな、剣太郎。 六角中の夏男の座を、来年からはお前に譲ってやろうか。 「去年だったかな……部活が終わってからさ、もう夕日もほとんど落ちかけてる頃、俺は思い出したんだ。夏休みの宿題になっていた家庭科の課題をに必要な型紙を、学校に置きっぱなしにしてた事に」 「ちゃんと持ち帰れよ」 去年、教科書を全部学校に置き去りにしたからって借りに行った俺を、さんざんバカにしたよな、こいつ。 「部活の時に持ち帰ろうと思ってわざと置いてったんだよ。はじめっから誰かに頼る気だったバネと一緒にしないでくれ」 へいへい。 「それでそれで?」 「ああ……俺がひとり校舎に足を踏み入れたら、特別教室の方から水音がするじゃないか。何だろうと気になって、勇気を出してそっちに行ってみたら、奇妙な事に、真っ暗な廊下一面に水が広がっていてさ」 ……。 「へー、なんか、ホラーな感じだね! おもしろい!」 「いやあ、事件の当事者になってみると、なかなかびっくりだぞ?」 「いいなー、いいなー、ボクも当事者になってみたい!」 そこでそう言う感想が出てくるところが、剣太郎が剣太郎たる所以なんだろうな。 俺はなんとなくそうしたくなって、剣太郎の頭をぐりぐりと撫でる。すると剣太郎はにこにこ笑いながら、校舎の方向へ走って行った。 サエは、ゆっくりと立ち上がる。 「……なあ」 俺も、ふたりを追い駆けるように立ち上がった。 「なんだ?」 「その世にも奇妙な廊下水浸し事件な、俺とダビとで、余ったそうめんとそこら辺から切ってきた竹を使って流しそうめんをやってみようと」 「知ってるよ」 ……さいですか。 「妙って言うより、むしろバカな事件だったよな、あれは」 心底呆れた声音と口調でそんな事言われたら、俺としては笑ってごまかすしかねえんだけどな。 |