俺の隣で、深司が鼻で笑った。 「はじめから負ける事が判っている勝負に挑むなんて、ほんと馬鹿だよね神尾は」 「うるせー、俺は勝つつもりあったっつーの」 「それが馬鹿だって言うんだよ」 あ、また笑いやがった、コイツ。 飄々とブラックコーヒーなんてのんでやがるコイツに、俺は腹の底からムカついたけど、実際深司の言っている事はもっともだったりするんだなこれが。 俺はあっと言う間にサイフから消え去った千円の事を思いながら、目を伏せる。 すると混ざり合った騒音としか思えなかったここ、パチンコ店で響き合う音のひとつひとつを、判別できるようになった。BGMとか、台から発生する音とか、店員の声とか、ときどき客のおたけびとか。 できたからなんだって感じもあるけどな。 「乾さんと千石さん、まだかね。暇なんだけど」 「まだなんだろ。もう少し待てよ」 少しで済むかは判らないけどな、とは言わないでおいた。深司がボヤきだしたらめんどくせーから。 ああそうだ。そもそも、なんで俺がこんな所に居るか、って事なんだが。 俺には今んとこ、パチンコの趣味はない。つうか、自分でやったのは今日がはじめてだ(親に連れられて店に来た事は何度かある)。 きっかけはほんの偶然だった。たまたま深司と買い物に出て、たまたま、青学の乾さんや山吹中の千石さんに会った。ヘンなメンツ? うん、俺もそう思う。 はじめは普通に挨拶してただけなんだけど、何がきっかけだったかな……ああそうだ、乾さんがメガネ光らせて、「海堂は新必殺技を完成させたよ。君はどうかな。その調子じゃあ、次は海堂の圧勝かな」なんて言い出したのがはじまりだ。 んで、千石さんに煽られて口論になった末に俺がブチ切れて、「勝負だ!」って言い出して。 「じゃあ俺も参加しよっかな!」 って事で、俺・乾さん・千石さんの三つ巴になったんだ。 ……なんでパチンコ勝負になったんだ? そもそもアレだろ、パチンコって年齢制限なかったか? まあいいや。とにかく、千円でどこまで稼げるかっつう勝負をはじめて。 でもよー、ヒキョーじゃねえ? 俺なんかパチンコのルール(ルールっつうのか? そもそも)もわかんねえってのに。なんか数字が揃ったらスゴそうくらいにしか、な。 そのオレと対決するのが、「パチンコは、釘の位置や角度が重要なんだよ」とか言ってひとつひとつチェックしてから台を選んだ乾さんと、「ラッキー千石」の異名を持つ男。 勝てるかっつうの。 「あのふたりはすごいね」 「ああそーだな俺と違ってすごいよな!」 深司の嫌味に苛立ちながら返しつつ。 凄いっつうか、周りの注目集めるくらいの出玉なんだけど、あのふたり。ふたりとも列が違うから比べにくいけど……積みあがっている量は、千石さんの方が上、かな? あ、乾さん、台離れた。 「もう終わりですか?」 「何事も引き際が肝心だろう?」 「神尾は引き際すらなかったけどね」 ハイハイすみませんでしたね! 俺は深司に背中を向けて。 あーなんか乾さん換金してる。あとなんかちょこまかともらって、全部片付いてから、俺たちのところに戻ってきた。 「チョコレートでも食べるか? カルシウム入りだから苛立ちも納まるかもしれないぞ」 「ケッコーです!」 敵の施しなんか受けるかよ! 「俺欲しいです。待ちくたびれて腹へっちゃって」 「どうぞ」 このヤロウ、深司の奴……俺も腹減ってるけど我慢してるのに、友達がいの無いヤツだな! 「でもいいんですか、乾さん。千石さん、このままでは圧勝ですよ」 「うん、そうだな。彼はラッキー千石の名に恥じない男のようだ。だが……」 「けれど?」 「君たちは気付いたかな? さっき補導員らしき男ふたり組が、この店に入って来た事に」 ……え? 俺と深司は顔を見合わせて。 「こうして座って待っているだけなら、親兄弟を待っているといくらでも言い訳できるだろう? だが、最中では言い逃れできないだろうな」 そう言って乾さんは、薄く不気味な笑みを浮かべた。 この人って……怖い。 俺は他人事ながらビクビクして、けして関係者だと悟られないよう気をつけながら(俺のせいで不動峰が出場停止とかになったら困るからな!)千石さんが座っている台を覗いてみると、楽しそうにパチンコしている千石さんの列に、補導員らしい男の人が今にも突入しようとしていた。 ヤバいじゃん。乾さんならともかく、千石さんはちゃんと中学生に見える。せいぜい、高校生レベルだ。どっちにしても捕まっちまうって! 「もしかして乾さんの言う引き際って……こう言う意味、ですか?」 「そうだよ。さて、助けてやるかな」 「助けるって、どうやって!」 俺が尋ねると、乾さんは不気味な低い笑い声を響かせた。 「千石の隣に座っている四十六歳の男性は、千石の父と言う設定になっている。千石は父が席をはずしている間、場所をキープしているだけの善良な息子と言うわけだ」 「え、誰ですか、あの人」 「さあ、俺も詳しい事は知らないよ。だがそう言う契約なんだ。契約料は、千石の出玉全て」 「……!」 「勝負は、先の先を読まないといけないな」 ふりそそぐ照明を受け、乾さんのメガネが明るく、怪しく光る。 「……そう、ですね」 そう答える以外に、俺ができる事があったなら、教えて欲しいと思った。 ああなんか、うん、判った。 今日、俺は大切な事をふたつも理解することができたよ。 青学の乾さんは絶対に敵に回しちゃいけないって事と。 やっぱり橘さんはすばらしすぎる、偉大な先輩だって事。 |