「なあブン太」 「なんだよジャッカル」 「お前、日本人だよな」 別に深い意味はなく、確認のために投げかけた質問は、どうもブン太の気に障ったらしい。メシ食ってる時はいつでもどこでも幸せそうなこいつが、眉間に深い皺を刻んでる。 「見て判んねーのかよ!」 不愉快そうにブン太は言うが。 その不自然に赤い髪(ついでに妙な名前)。 はっきり言って、見るだけじゃちょっと判んねえって。 「失礼ぶっこくジャッカルくんには罰ゲーム!」 俺が返事に悩んでいる一瞬の隙を突いて、ブン太はフォークを伸ばし、俺の弁当箱から卵焼きを一切れ盗み取ると、あっと言う間に口に放り込んで、ほとんど噛まずに飲み込んでしまった。 「あー! てめえ! 何すんだよ! 返せ!」 「返してもいいけど、俺が吐いたヤツ、お前、食うのか?」 「……」 さっきまでの不機嫌さはどこに消えたのか、腹の底から嬉しそうに笑うブン太に、反論できるわけもねえ(ブン太が吐いたもんなんか絶対食いたくねえよ。いやブン太に限らねえけども)。 俺はブン太に飲み込まれた哀れな卵焼きと、卵焼きを奪われた哀れな俺のために心で泣いた。 「んで? 俺が日本人だと、何なんだ?」 自分の弁当箱を空にしてから、ブン太はバッグの中に放り込まれていたレーズンパン(九コ入り)の袋を取り出した。 以前そんなん九コも食うの、飽きねえのか? と聞いた事があったっけな。 味とコストパフォーマンスを考えると、コレが一番お買い得なんだと笑顔で返された時は、もう呆れるのを通り越してつられて笑うしかなかったよな……。 「ああ、そうだ。お前、『チンプンカンプン』って単語の意味、判るか?」 「は? 何? お前判んねーの? バッカじゃねえの!? これだからブラジルハーフは!」 以前俺がこいつに、「そんなに食うから太るんだよ、お前」って言った時は、「ジャッカル、セクハラだ! 訴えるぞ!」って言ったくせに。 「そんな小さい体のどこにあれだけの食いもんが入るんだ」って言った時は、「ジャッカル、名誉毀損だ! 訴えるぞ!」って言ったくせに。 国籍差別だぞ。それは、明らかに。 しかも平然とバカって言いやがるし。こっちが訴えるっつうの。 悪気がねえのは判ってっけどな。 「で、その単語の意味を、天才的な俺に聞きたいってわけか。データマン柳じゃなくて、天才的な俺に」 天才を主張しすぎると、バカにしか見えねえからやめた方がいいぞ。しかもワケ判らねえポーズ決めてると、余計にだ(本人はカッコいいつもりらしいが)。 なんて忠告を、してやるつもりはない。 残り六コのレーズンパンを見下ろしながら、俺はからあげをかじる。 「実は今朝柳に聞いたんだけどよ」 「なんだよ、聞いたのかよ」 「『丸井がその単語を今時平然と使ってる確率97%』って言ってどっか行っちまったんだ」 「え!? 柳、チンプンカンプン使わねえの!? こんなカッコいい単語を!? あいつ、古臭いからなあ!」 ……この件に関しては、どっちの味方もする気にならねえな。 なんだってこうウチのテニス部のレギュラーは、現代的なヤツが居ないんだ。時代はそれぞれ違うみたいだけどよ。 「まあ、あれだ! チンプンカンプンってのは、よく判んねえとか、そう言う意味だ!」 「……真田の年齢はチンプンカンプンだ、とかって感じか?」 「なんか微妙だな、その用例。もっとこう……意味が判らねえとか、そう言う感じで」 「真田が鉄拳制裁好きな理由はチンプンカンプンだ」 「ダメだダメだ。オッサンくさい真田と、チンプンカンプンってかわいい響きが、ぜんっぜん似合わねえ。真田相手には使うな」 さっきカッコいいって言ってなかったか……? まあ、いいけどよ。 あ、レーズンパン、残り二コになってやがる。 「じゃあ、なんでチンプンカンプンは、チンプンカンプンって言うんだ?」 「語源ってコトか? そりゃ、お前、あれだ」 ブン太は、弁当を食い尽くした時に放置したフォークをわざわざ手にとって、俺の眉間につきつける。 それも、本人はカッコいいつもりらしい。 「それこそチンプンカンプンってヤツだ!」 知識のなさを堂々と男らしく言い切る事も、カッコいいつもりらしい。 いや、ある意味で、カッコいいかもしれねえけどな。潔くて。 「そっか」 「おう。そんなわけでな、ジャッカルくん」 「……?」 「授業料!」 ブン太のフォークが素早く動く。 そして俺の弁当箱の中にひとつだけ残っていたからあげを素早く奪うと、口の中に放り込んで、レーズンパンと一緒にあっと言う間に飲み込んでしまった。 「どう? 天才的?」 「ブン太ぁ!」 「何だよ、ケチケチすんなよ。俺がレーズンひとつぶ恵んでやるから」 「ひとつぶかよ!」 「だってもうそれしか残ってねえもん」 ブン太は九コのパンを食べ尽くして空になった袋を、逆さにしてふる。 九コのパンのうち、どれかからこぼれ落ちたんだろうレーズンひとつぶが、コロリ、とブン太の手に転がり落ちる。 「な?」 「な? じゃねえよ!」 俺はげんこつをブン太の頭に落とした。 まったく。こいつの頭ン中と胃の構造こそ、チンプンカンプンだ! |