もらい泣き

 みっともないを絵に描いたら、きっとこんなもんなんだろうな……。
 まあ俺は寛大な人間だから、声を抑えようとしている努力を認めてあげてもいいけどさ……嗚咽は漏れてるし、肩は震えてるし、タオルに顔を押し付けてるし。端から見てて、泣いてるの丸判りなんだけど。それで隠してるつもりなんだとしたら、それこそ笑い話だよね……。
 ああ、でも、そうか。
 泣こうが泣くまいが、俺たちがみっともない事には代わりないのか。
 じゃあいっそ、神尾みたいに泣いてみた方が、いさぎいいのかもしれない。
 だからって絶対にやらないけどね。俺は。
「いつまで泣いてるのさ。ものすごくうざいんだけど」
 俺は背中を丸めてる神尾を見下ろして、とりあえずそう言ってみる。
 神尾の震えがピクリと止まった。
 タオルを少しだけ顔から離して、できた隙間から覗くように俺を見上げるその目は真っ赤。
 ……思った以上に豪快に泣いてるなあ……ある意味幸せだよね、そう言うの。後先考えずに感情が優先するって言うの?
 まあ俺は絶対そんな人間になりたくないけどね。
「お前だって悔しいんだろ」
「まあね」
「お前だって悲しいんだろ」
「だから?」
 神尾はそれ以上何も言わずに、またタオルに顔を埋めた。
 だから何だって言うんだよ……ちゃんと頭の中で整理してから発言して欲しいよな……考え無しと会話するのは本当に疲れるよ……嫌んなるよなあ……。
 確かに悔しいけどさ。それは認めるよ。
 確かに悲しいけどさ。それも認めるよ。
 だから、俺が神尾みたいに子供で、何よりも感情が先んじるような人間だったら、神尾みたいに泣いていたかもしれないとは思う。
 けれど、事実今俺はこうして、涙を流す事無く呆れながら神尾を見下ろしているんだし。
 それに、悔しいとか悲しいとかよりも。
「情けないよなあ……」
「なんだよ、ムカツクな!」
「別に神尾の事言ったんじゃ無いよ……神尾さあ、被害妄想のカタマリなんじゃないの? やめてくれない? ただでさえうざいのに、余計うざい」
「っ……! じゃ、じゃあ、誰の事言ったんだよ!」
 そんな事。
 答えてやる義務も義理も無い。
 って言うか判らない神尾の馬鹿さ加減に呆れてものも言えない。
「誰でもいいだろ」
 俺は神尾から目を離して、正面に広がるコートに目をやる。
 そこには橘さんが居た。ネットを挟んだ向かい側には、切原とか言う奴が居て、ちょうどその切原のコートに、鋭いスピンのかかったボールが突き刺さる。
 ……橘さんがこの試合、勝ってもさ。
 俺たちが勝てるわけ、ないんだよね。どう考えても。
 内村や森が、立海のやつらに、勝てるとは到底思えないし。あんまり認めたくないけど、橘さんが強いって言ってるんだから、俺たちよりずっと強いんだろ。
 それで、だから、橘さんは、大切な……一番重要なD1と言う試合を、俺と神尾に任せてくれた。
 神尾に足を引っ張られたわけじゃない。
 俺が(俺だけじゃないけど)あいつらより圧倒的に弱かっただけ。
 それが。
「神尾本当にうざい……いいかげん泣きやめよ……よくそこまで号泣できるよね。ある意味尊敬する」
「うるせえな! ただ泣いてるんじゃないっつうの!」
 ……どこからどう見てもただ泣いてるだけなんだけど。
「こ、これはなあ、もらい泣きなんだよ!」
 なんだそれ。
 馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、思っていた以上に馬鹿だったよ。呆れる暇も無いくらい驚いた。
「神尾さあ、もらい泣きの意味知ってる? 神尾以外の誰も泣いてないのに、誰からもらえるわけ?」
「……お前!」
 ……。
 ………………は?
「ヘンな言いがかりやめてくれない? 俺が泣くわけないだろ。こんな事で。しかもこんなところで」
「それでも、お前!」
 なんなんだよ。
 本当に、なんなんだよ、こいつ。
 好きなだけ泣き喚いて周りに迷惑かけて、挙句、わけの判らない事言って。
 こいつは俺を呆れさせる天才だよ。何度言葉を失ったか、判らない。
「本当に馬鹿だよね。神尾って」
「いいだろ別に」
 俺は絶対、嫌だけどね。
 でも。
「……神尾がいいなら、いいんじゃない」
 なぜか俺は、神尾にそう返してた。


100のお題
テニスの王子様
トップ