毎日が天国

「じゃあ今日はこれで練習終了だ! お疲れさん」
『お疲れさまでしたっ!』
 ぼんやり暗くなりはじめた時間帯、練習の終わりが告げられて、俺たちは奪い合うように水道に突入した。水を飲むためとか、顔を洗うためとか、目的はそれぞれ違ったんだろうけど。
 俺はとりあえず顔を洗って、それからめんどくさくなって、頭っから水をかぶる。
 あー、冷たくて気持ちいいぜ。
「アキラー」
「あー、なんだ?」
 水道がみっつしか並んでないから、早くどけって言われるかと思って、俺はまだ満足してなかったけど、仕方なく蛇口をしめて顔を上げる。
「お前の髪型で水に濡れてると怖い。男版貞子かと思った」
「うっせ!」
 俺はわざと桜井に水がかかるように首をぶんぶん振った。
 怖いまではともかく、貞子ってなんだ! 貞子って! ったく失礼なやつだよな!
「アキラ、こっちまで水かかるから、やめろって!」
 寸前まで水を飲んでいた石田が、真上から俺の頭を押さえつけてきた。
 石田に押さえつけられたら、頭を動かせるわけもない。髪からこぼれる雫が、肩の上にボタボタと落ちてくる。
「アキラはホント、元気だな。さすがだよ」
 目を細めた石田はそう言って、再び水を飲みはじめた。
 うん、本当は。
 無駄に暴れる体力なんて、これっぽっちも残ってない。今にも倒れそうだ。
 俺は水道を桜井に譲ると、水に濡れてないかどうかはさすがに選んだけど、適当に地べたに座る。立っているのもめんどくさくて。
 それからさすがにこのままじゃなあと思って、持ってきたタオルで頭を拭いた。けどやっぱりめんどくさくて、すぐに手を動かすの止めて、タオルをかぶるだけにした。
「今日は本当に、疲れたなあ」
 多分ここに居るみんながそれぞれ思っていた事を、最初に口にしたのは森だった。
「……だな」
 俺は答えるのもめんどくさくて、じっと森を見上げただけだったけど、少しだけ時間をあけて内村が応える。
「橘さん、しょっぱなからここまで厳しいとは思わなかったな」
「ほんとだよ、キツかったー」
「深司なんて練習はちゃんとこなしてたけど、終わったと同時に座り込んでたぜ。ここまで動くのも億劫みたいだ」
 いつもなら、少なくとも内村あたりは「根性ねえなあ、深司」とか言ってる状況だけど、みんな何も言わなかった。深司が本気で練習してるのはみんな知ってて、みんなそんな深司と同じくらい、疲れていたから。
「こんなのが、これから毎日続くんだな」
 思う存分水飲んで、反り返りそうな勢いで顔を上げて、桜井が言う。
 練習はほんとキツくて。俺たちみんな、フラフラで。
 こんなの続けていったら死んじまうんじゃないかってこっそり思いつつも、でもみんな、橘さんに文句とか言わなかったし、これからも多分、言わないと思う。
「キツかったけど、楽しかったな」
「だな」
「思う存分、テニスができたからな」
 先輩たちから受けるバカみたいないびりもなくて、思う存分ラケット振るって、ボールに触って、俺たちはテニスをした。
 楽しくて楽しくて、しょうがなくて、もしも練習の厳しさで死ねるんなら、それはそれで幸せなんじゃないかなとか思うくらいに。
「これから毎日、テニス地獄だな」
 なんてからかうように笑いながら、桜井が言う。
 だから俺はいやみったらしく笑って、返してやった。
「バーカ、それを言うならテニス天国だろ」


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