手作り弁当

 明日の予定が書き込まれたホワイトボードを眺めながら、英二は言った。
「なんかさあ、日曜日の練習が午前午後両方あるのって、ちょっと辛いよなあ」
 言ってから、ふう、と深いため息。
 俺は、英二の気持ちも判るんだけれど賛同するのもためらわれて、小さく肩をすくめた。隣に居たタカさんも同じ気持ちみたいで、苦笑と言った表情だ。
「もうすぐ大会だからしょーがないけどさ。なんか、こう、ちょっとした楽しみが欲しいよなあ。そう思わない!?」
 思わない!? と言われても。
 タカさんと俺は顔を見合わせる。
 ちょっとした楽しみが欲しいと言うのは、何も日曜日の練習に限った事ではないと思うけれど、真実だ。
 けれど……その「ちょっとした楽しみ」って、なんだ?
「あ!」
 何か名案が浮かんだのか、タカさんがぽん、と手のひらを合わせて。
「英二。明日のお昼のお弁当、自分で作るんだよね?」
「うん。作るけど? それが?」
「じゃあさ、俺も自分で作ってくるから、交換してみようか?」
 英二は一瞬だけ、きょとんとした顔をしたけれど、
「へー! それってなんか、いいかも!」
 すぐに表情をパッと明るくして、タカさんの話に食いついた。
 よかった。英二、本当に嬉しそうだな。
 そうか。ちょっとした楽しみって、そう言う些細な変化とかなんだな。自分で料理している人は、人の料理を食べられるのって、すごく嬉しいって言うし。
 これで明日の練習も、気合充分……かな?
「大石、何笑ってんの?」
「いや、別に」
「あ! ねえねえタカさん、ふたりだとびっくり感がないからさ、大石も混ぜてみよっか! 誰の弁当があたるか、くじとかアミダとかで決めんの。お楽しみって感じで!」
 え!?
「へえ、それも面白いかも。自分の引いちゃったらちょっとつまらないかもしれないけど、そのドキドキ感がいいよね」
「みんなが自分の引いちゃったらやり直しな」
「それはうん、そうだね」
 ちょ、ちょっと待ってくれよタカさん! そんな、気軽に同意しないでくれ!
「だ、駄目だ! 俺はふたりみたいに料理得意じゃないし」
「えー、でもさあ、大石だったらそれなりに上手くやりそうじゃん?」
「うんうん、俺もそう思うな」
 いや。
 そりゃ、母さんに教わったり料理の本とか見ながらやれば、なんとか食べられるものを作れると思うけど……。
「みっつの中から俺の弁当取るのって、罰ゲームだろ? どう考えても」
「そんな事ないって! 自分の弁当取るのが罰ゲームだよ。ねえタカさん!」
「うんうん」
 だから、うんうんじゃなくて、タカさん! 英二を止めてくれよ!
 ……ムリだよな。ノリに乗った英二を止める事なんて、そうそうできる事じゃないんだから。しかも、タカさんも妙にのり気だし。
 弁当……弁当か。
 何が作れるだろうなあ。
 困った……。
「何だか面白そうな話してるね」
 穏やかな声と、近付いてくる影に、俺たち三人は硬直する。
 英二はゆっくりと影から目をそらして、タカさんと俺は、ゆっくりと顔を上げて、影の主と目を合わせた。
『不二……』
「せっかくだから、僕も混ぜてくれない?」
 不二の手作り弁当。
 一体どんなものだか、想像もつかない。
 不二のお母さんは料理上手で、以前弁当を少し分けてもらって食べた事があるけれど、とても美味しかった。
 だけど、不二だ。
 普通に美味しい弁当が出てくるのか、とんでもない刺激物が出てくるのか、ちっとも想像がつかない(デザートは無難にリンゴだろうけど)。
「あ、ああ。じゃあ、不二も、一緒に……」
 英二は何かを訴えたそうに、不二の視界に入らないように俺の服を引っ張ったけれど。
 じゃあどうしろって言うんだ、英二。ここで断わるのって、あまりに酷いじゃないか。
 それに不二なら、まだ希望があっていいよ。もしこれが乾だったら……。
「では俺ももちろん参加だな」
 噂をすれば。
 来た。
 乾も来た。
 逆光眼鏡を光らせて、口元に笑みを浮かべて……良からぬ事を考えている時の顔で!
「そうか、乾もか……」
「た、楽しみだな」
「はは……」
 俺はタカさんと一緒に、乾いた笑いを響かせる。英二はすっかり落ち込んで、一言も発しなかった。
 俺は笑いながら祈る。多分、タカさんも祈っていたと思う。
 贅沢は言わないから、せめて自分の弁当を引けますように、と。


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