日曜日の夜

 月曜日の朝、俺が部室に着いたのは、朝練開始予定時刻の三十分前だ。
 それなのに部室の鍵はすでに開いていて、中には桜井が居たから、少し驚いた。
 寝ぼけた顔をしているでもなく、すでにジャージに着替え終えていたからなおさらだ。
「よう石田、さすが早いな。おはよう」
 ベンチに座って靴紐を結びなおしていた桜井は、部室のドアが開いた事に反応して顔を上げ、俺だと判ると手を上げて挨拶してくれる。
「……おはよう」
 なんで、こんなに早いんだろう。
 いや、桜井は別に時間にルーズと言うわけではないんだけれど。むしろ、どちらかと言えば時間にきっちりしている方だとは思うけど。
 だからこそ、こんなに早く来る事は珍しいな、と思った。余裕を持ってギリギリに……変な言い方だな。朝練がはじまる十分前くらいに飛び込んで来て、着替えたり色々して、五分前に準備が完了しているような、そんなタイプだから。
「どうしたんだ今日は。ずいぶん早いな」
「なんとなく、気分かな」
「目覚まし時計をかけ違えて早く起きすぎたとか」
「俺がそんなお前みたいなボケかますかよ」
 俺もそんなボケ、かまさないけど。まあいいか。
「自然に、目覚ましが鳴る一時間前に目が覚めたんだ」
「珍しい」
「そんなに驚くなよ、失礼なヤツだな」
 桜井は俺の脛を軽く蹴り上げる。
 俺はそれをギリギリで避けて、小さく笑うと、ロッカーに向き直って着替えはじめる。
 早く来たからと言って特別何をするでなく、桜井はベンチに座っているだけだったから、俺が動くのに合わせた小さな音だけが、部室の中に発生している音だ。
「昨日の夜さ」
「うん?」
「目覚ましセットして、布団の中入ってさ、それでふと、思ったんだ」
「何を」
 俺は脱いだ制服をたたんで、ロッカーの中に入れてから、ジャージを着る。
「前はさ、月曜の朝が来るのがちょっと嫌で、寝るのためらう事よくあったけど、でも今はまったく逆で、早く月曜の朝が来てほしくてしかたがないなあ、ってさ」
 どうしてだ?
 なんて、わざわざ聞く必要もなかった。
 言われてみれば俺も同じだったんだ。昨日の夜、今日が来るのを待ち焦がれながら、眠りについたのは。
 以前は、月曜日なんて来なくてもいいかもしれないなんて思いながら、眠りについたっけ。
「そんな事思いながら寝たら、何か早く目が覚めちまってさ」
 照れくさそうに笑う桜井に、俺も同じように微笑み返すと。
 ガチャリ、とドアが開いて、入って来たのは橘さん。
「なんだお前ら。早ぇな」
 俺はともかく、桜井がすでに居る事に驚いたんだろう。ちょっとだけ目を見開いて、入口に立ち尽くしたまま、桜井を見下ろしている。
「おはようございます」
「おはようございます、橘さん!」
 俺たちは、僅かに残った眠気を吹き飛ばす勢いで、挨拶した。
 憂鬱だった日曜日の夜を、変えてくれたその人に。
「……おう。おはよう」
 何も知らない橘さんは、いつも通りそう返してくれる。
 俺たちにはそれだけで、充分すぎるくらいだった。


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