守れない約束

「ダブルス1、前へ!」
 勝利を胸に誇らしく、コートから引き上げる新渡米と喜多くん。
 ふたりと一緒に俺たちのところに届く、審判の短い呼びかけ。
 そのせいで、新渡米たちをもみくちゃにする輪の中に、入ることができない人物がふたり居る。
 短く「おめでとう」とか「よくやった」とか、喜びとお褒めの言葉だけ、新渡米たちに投げかけて、
「じゃあ行くか」
「おう」
 我ら山吹が全国に誇るダブルスのふたりは、審判の呼びかけに従って立ち上がると同時に、使い慣れたラケットを手にとって、あいてる左手の拳を軽く合わせた。
 ん、気合入ってるね、地味’s!
「行ってらっしゃい〜!」
 俺は、ふたりにむけて声をかけながら、ひらひらと手を振った。
「お前の声、気が抜けるから、試合前に声かけてくれるなよ」
「できれば試合中もな」
「ひどい事言うね、地味’s」
「そう言うお前のがもっとヒデェよ」
 南のラケットが、俺の頭のてっぺんにごちんとぶつけられた。
 あいたたた。
「痛いよ南」
「痛くしてんだよ。お前は言葉で言っても通じないから」
「相変わらずひどいね、地味’s南クンは」
「お前ほどじゃあないけどな」
「絶対勝ってきてよ?」
 俺が話題を変えたのは、突然。
 話題が変わった事に、南は戸惑ったりはしなかったけど、それまでみたいに軽く答える事もしないで、開きかけた口を閉じて息を飲み込んだ。
 南はぐっと、東方の手を掴む。
 東方も、それに応えるように、南の手、握り返して。
 そんでふたりは、強い視線で俺を見下ろして、言った。
「当然だろ」
「必ず勝つさ」
 うん、いーんじゃない、ふたりとも。
 おかげで俺は気分良かったから、東方の言う事聞いて、何も言わずに黙って手を振るだけにしてあげた。
 満足そうに微笑んで、コートに向かうふたり。
 ふたりの背中を見つめる俺の隣に、室町くんが腰かけたのが、気配で判る。
「千石さん。勝てますかね、部長たち」
 俺は室町くんに振り返らずに笑顔で答えた。
「勝つでしょ。勝つって言ったからには」
「でも相手は手強いんじゃ?」
「そうだけど、でもふたりとも学習能力あるし、地味だから」
 ふたりとも、自分や相手の力量を測り間違える事なんて、そうそうないし。
 自信がなけりゃ、『必ず』なんて言葉、不用意に使ったりしないだろうし。いや、自信がないとか意気地がないとかそう言う意味じゃなくって、何て言うのかな、冷静って言うか、不言実行って言うか。
 だから。
「守れない約束なんて、ふたりともできやしないよ」
 俺ならともかく。
 なんて事は、言わないけどね。
「……地味は関係ないんじゃないですか」
 振り返ってみると、今日も出番はないだろう室町くんは、ため息を吐きながら笑ってた。


100のお題
テニスの王子様
トップ