星に願いを!

「大石! おーいし!」
 五時間目と六時間目の間の休み時間に、英二が二組の教室に飛び込んでくるのは、けっこう珍しい事だった。
 午前中や昼休みならよく来るけど、五時間目と六時間目の間ってのはな。あと一時間まてば放課後になって、部活で顔を会わせる事になるんだから、大抵の話ならそこで充分なわけだし。
「どうした英二。教科書でも忘れたか?」
「それはもうタカさんに借りた!」
 そこで英二は、満面の笑顔で俺に地理の教科書を見せてくれたのだけど。
 そうか……本当に忘れていたのか……ちょっと冗談で言ってみただけのつもりだったんだけど……。
「タカさんに借りたなら、どうして二組まで?」
「うん、なんかさ、教科書借りる時、タカさんが面白い事言ってたから、大石に報告しようと思って!」
「面白いこと……?」
 俺が首を傾げながら訊ねると、英二は得意げに、口の端を吊り上げた。
 英二がそこまで言うなら、本当に面白いのだろうけれど。
 タカさんから聞いた話なら、得意げになるべきなのはタカさんであって、英二じゃない、よな。
 そんな英二のお調子者な部分とか、タカさんの謙虚なところとか、俺はとても好きだから、構わないのだけれど。
「あのね、来月、流星群が見られるんだって!」
「へえ。それは凄いな」
 それは確かに、面白いことだよな。
 流れ星なんて、小さい頃夏休みに親の実家に行って、そこで運良く一回見た事があるくらいだ。それでも脳裏にしっかり焼き付くくらいに、印象的で、綺麗だった。
 そんな流れ星が次々と振ってくる様は、驚くくらい綺麗だろう。
「だからさ、俺放課後まで待てなくて、ここ来ちゃったんだよ!」
「うん?」
「大石! 流星群、絶対一緒に見に行こうぜ!」
 両手の拳を握り締めて、いつものねだるような甘えるような視線ではなく、もっと力強い視線で、英二は俺を見上げてくる。
 なんだかすごく、真剣、だな?
 お祭好きな英二が、こんな大きなイベントの話を聞いて、はしゃがないわけはないと思うけど……そう言うのとは少し違っている気がする。
「流星群って、夜遅いんだろ?」
「もー、大石はカタいんだよー! そりゃ、流星群ピークは日付が変わるくらいの時間だってタカさん言ってたけど、いいの、今回は特別!」
「だが……」
 びしっ! と。
 英二の指が眉間に突きつけられて、俺は言葉を失った。
「流れ星にちゃーんとお願いして、大石の腕、早く治してもらわないとね!」
「……英二」
 俺が名前を呼ぶと、英二は照れくさそうに笑いながら頭を掻く。
 ちらりと横目で時計を見て、
「あ、もうチャイム鳴っちゃうよ! じゃーねー!」
 と、逃げるように二組の教室から去っていった。
「英二……」
 俺は英二が出ていった教室の入り口を見つめながら、そっと左手を右腕に乗せる。
 包帯が巻かれたこの腕は、未だかすかな痛みを訴え続けていて、ラケットを思う存分振るえないから。
 英二の気遣いが温かくて、とても心に染みる。
「なあ大石、お前の腕、今月中には治るんじゃなかったか?」
 だから俺は、クラスメイトの正しい指摘を、笑ってごまかす事にした。


100のお題
テニスの王子様
トップ