今朝の部室は、もんのすげー、暗かった。 そりゃ、朝早く起きてっからみんな眠いけどさ。でもでも、そんなのいつもの事だし。眠いからこそテンション上げたいって言うかさっ。 練習中無駄口とか叩いてると手塚がコワイけど(「グラウンド十周!」とか言われちまうよ)、部活の前、部室で着替えている間なら、別に文句言わないし。昨日のテレビすっげーおもしろかったから、みんな見てたかなーなんて、そんな話がしたかったの、俺は! なのに部室ん中入ったら、すんげー静かなんだもん、ビックリしちゃったよ。 まあ俺とか、桃とか、騒がしいヤツがそれまで部室ん中居なかったから、盛り上がって無いのは別にいいよ。でも、だれも、ひとっこともしゃべってないって、いくらなんでもおかしい。 なんだ、こりゃあ。 なんて口に出す前に、判っちゃったもんね、俺。 原因は、部室の一番奥で今にも着替え終わりそうな手塚だ。 いつもコワイけど、いつもの手塚なんて比べものになんない。眉間の皺の数、いつもの二倍はありそう。 何かに怒ってるのかなあ? 目をふせて、うつむきぎみで、黙々と着替えてんの。 あの手塚の後ろで騒ぐ気には、俺だってならないよ。 あーあ、なんかヤだなあ、この雰囲気。 俺はがんばってガマンして、静かに着替える事にして。 手塚が着替えを終わらせて部室出てって、ドアをぱたりとしめた瞬間、 「なんなの、アレは!」 隣に居たタカさんに聞いてみた。 「……なんだろ。すっごく、機嫌悪そうだったね」 「昨日までは、手塚にしてはフツーだったよなー? 家で何かあったのかな?」 「でも、手塚は家でのゴタゴタを学校に持ちこんだりしないタイプだと思うけど」 そりゃそうだ。さすがタカさん。 つまり、俺が考えたって判りゃしないって事だよな。 こーゆー時は! 「どう思う? 乾」 ありゃ、不二に先こされちゃった。 「ふむ。残念ながら俺のデータでは手塚がどうしたのかは判らないが」 「が?」 「大石に聞けば判る確率、九十パーセント」 ……ほんとか〜? な〜んか乾ってば、自分のデータの足りなさを大石でごまかしてるような感じ! データマンならそゆとこ、手を抜くなよなあ。 俺は口んなかでぶつぶつ呟きつつ、最後にジャージを着込んだ。 「おーいみんな、もうすぐ練習はじまるぞ。着替えが終わった人からコートに集まって!」 ガチャッ、てドアが開いて、大石が顔覗かせる。 「あ、大石。ちょうどいい所に」 「なんだ?」 「え? 不二、ホントに聞くの?」 「だって大石に聞けば判る確率が本当に九十パーセントなのか、気になるじゃない」 不二の興味はすっかり、手塚の不機嫌の理由じゃなくて、乾のデータの信憑性に移っちゃったみたいだ。 ま、それは俺も気になるけど。 「今日の手塚、ずいぶん機嫌が悪いみたいだけど、大石は何か知ってる?」 「え?」 大石は少し驚いたみたいで。 振り返ってコートの方見て(たぶん、そっちに手塚が居るんだと思う。俺からは見えないけど)。 そんで、また不二の顔を見た。 「うーん……特に機嫌悪くはないんじゃないか? ちょっと悩んでるかもしれないけど。どうせ消しゴムを家に置いてきてしまったとか、そんなもんだよ」 大石は、キラキラとか音が聞こえてきそうなくらいの爽やかな笑顔を浮かべて言うんだけど。 いや。 それはないと思うな、さすがに。 「とにかく、できるだけ早くコートに出て。手塚の機嫌、本当に悪くなるぞ」 みんなの視線を集めてる事、気付いているのかいないのか、大石は爽やかに立ち去っていく。 「……乾、はずれたね」 「い、いや。まだはずれたとは、決まってないだろう」 「そうだね。じゃあ確かめてみようか」 不二はにっこり笑って、大石の後を追って部室を出ていった。 そんでもって朝練後。 いつもマイペースの不二が、なんでか一番最初に着替えて、もそもそバッグを漁ったかと思うと、消しゴムを取り出した。 「ホントに試すんだ……」 「うん。ねえ手塚、僕消しゴムふたつ持ってるけど、ひとつ使う?」 不二が消しゴムを掲げながら、手塚を呼ぶと。 手塚は振り返って、また眉間の皺を増やす。 「持っている。借りる必要は無い」 「あ……そうなんだ。ごめん、変な事言って」 不二は消しゴムをしまう。 そんで、乾に振り返る。 俺もおんなじタイミングで乾を見ると、みんなの視線、乾に集まってた。 乾はひきつったかんじで笑ってるけど、さすがの俺だってそれじゃあごまかされないもんね! ほーら、だから言ったじゃん、俺。乾のはずれだって! じりじりと、みんなの視線が無言で乾を責める、そんな時。 「消しゴムじゃないのか。じゃあシャープペンの芯が残って無かったとかか?」 ……大石。 もういいから。 もう、見当違いの予想立てなくていいから。 聞いている俺のほうが切なくなってくるよ……! 俺はなんかもう辛くて、うつむいてちゃって。 って、あれ? なんなのさ不二、乾。その顔。 「まさか」 「否定しない……のか?」 突然ふたり一緒に呟いた。 それから、乾はバッグから慌ててシャーペンの芯、取り出して。 「手塚。お前の使っている芯は確かFだったな。テニス部内でFの愛用者はお前と俺だけだ。よければ一、二本、持っていっていいぞ」 ゴクリ、とツバのみこんで。 みんなが手塚の反応を見守る。 「すまない」 そう言って手塚は、乾からシャー芯を一本もらって、自分のシャーペンに入れる。 気のせいかもしんないけど。 手塚の眉間の皺が、減ったような気がした。 「よかったなあ」って嬉しそうに笑う大石と、勝ち誇ったように微笑む乾と、笑顔を忘れている不二が、妙に印象的。 とりあえずひとつだけ、確かなのは。 大石って、すごいや。 |