兎の眼

 目の前でテニスボールが行き交う中で、ブン太が噛んでいたフーセンガムが大きく膨らんだ。
「そんでさ、俺って天才的だから、思うワケよ」
 どう言う風に文脈を繋げればブン太が天才的になるのかは判らなかったが、まあこいつの口癖だからなと、細かい事は気にせずに流しておく事にした。
「ウサギさんって、かわいいだろ?」
 この歳になってウサギにさん付けするのはどうなんだってのと、どうして突然ウサギなんだってのと、瞬時に二種類のツッコミが浮かび上がって、どっちを優先すべきか悩んでいる間に、ブン太は話を進めてしまう。
「でも、赤也はかわいくねえ」
 ……まあ。
 それを完全に否定する気には、到底なれないが。
「なんでだろうな?」
 ブン太の言いたい事が判ったような判らないような、不思議な気持ちになって、俺は一瞬だけ、再び大きく膨らむブン太のフーセンガムに視線を落としてから、コートに目を向ける。
 一番奥のコートでは真田と柳が打ちあっている。それより手前で繰り広げられている打ち合いと、やっぱり格が違っていた。
 あいつらだったら、ブン太のこんな問いかけに、なんて答えるんだろう。つうか、答えねぇか。つうか、そもそも質問しねえか。
「お前は、ウサギのどこがかわいいと思う?」
「んー、やっぱ、口がバッテンなトコじゃねえの?」
「……ウサギの口はバツになってるか?」
「バッテンだって。お前知らねえの?」
「知らん」
 と言うか、それは俗に言う、絵本とかに出てくるナントカってキャラクターだけではないかと思ったんだが、面倒だから流す事にした。
「あとは、白くてふかふかしてぬくいトコとか」
 そうだな。
「耳が長いトコもかな」
 そうだな。
「しっぽが丸いトコもか?」
 ああ、それもありだろう。
「まあ、そんなトコかな」
「そうか。まあそんなところだろうな」
「そんで、なんだよ」
「だからつまり、ウサギが可愛い存在であるために、目が赤くある必要性は、どこにもないって事だろ」
 だから、赤也がウサギみたいに目が赤いからって、赤也がかわいいわけもない。
 フーセンガムが力なくしぼみ、ブン太の口の中に戻っていく。
 くちゃくちゃと数回噛まれてから、またぷくりと膨らんでいく。
「ばぁか! 判ってるっつの、そのくらいよ!」
 お前が聞いて来たくせに……。
 とツッコむのも面倒だから、俺はあっさり流してみる事にした。


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