40/40

 それは委員会に出席して、部活への参加が遅れた日の事だった。
 一時間くらいで終わるだろうと思って南にも事前にそう言っておいたのに、思った以上に時間がかかって、会議が終了するや否や、俺は教室を飛び出して部室に駆け込んだ。
 部室に飛び込む直前に、ちらりとコートの方を見れば、南が「よーし、十分休憩だ!」なんて部員たちに声をかけていたところだったから、遅れて合流するにはちょうどいいかもしれない。
 俺は大慌てで着替えを済ませて、コートに向かった。
「……?」
 休憩時間中だってのに、コートの中の空気はリラックスムードとは程遠い。なんとなく不穏な空気だ。
「何かあったのか?」
 亜久津が部活に戻ってきたかと思ったらコートで暴れはじめた――わけでは、ぜんぜんなさそうだし。
 俺の一番近くに居たのは、おろおろしまくる太一と、相変わらずマイペースでのんびりドリンクに口をつけている室町だったから、俺は迷わず室町に近寄って、聞いてみた。
 室町は俺を見上げて、
「30−30、ってトコですかね。今の所」
 とか、ワケの判らない事を言う。
 今は休憩中だから、誰も試合をしていないのにな。
「……何の事だ?」
 室町の日に焼けた手は、あっちを見ろとばかりに、一点を指差すから、俺はおとなしくその無言の指示に従う。
 千石は首にかけているタオルの両端を握り締めて。
 南は腕を組んで。
 そんなふたりは眉間に皺を寄せながら、睨み合っていた。
「……ケンカか?」
「みたいですよ。練習中に部長とエースがケンカなんて、しょうがないですよね」
 相変わらず先輩相手にもシビアだな、室町。
「俺は南みたいに地味じゃないから、地味な基礎訓練ネチネチネチネチ続けるのは、飽きちゃうんだよ! しょうがないだろ!」
「!」
 なんか千石も本気で怒ってるみたいだな。けっこう表情本気だし。
 俺、あんな事言われたらけっこう凹むなあ。南も言葉失ってるみたいだし、内心は相当凹んでるんだろうか。
 頑張れ、南!
 と、よく判らないけれど、心の中で南を応援してみた俺だった。
「今のはきまったみたいですね。40−30」
「……さっき言ってたわけの判らないスコアって、このケンカにお前が勝手にポイントつけてたって事か……?」
「はい。見ているだけでは暇なんで」
 じゃあ止めようとかは、思わないんだな。
 まあ、混ざったりはやしたてたりして事を荒立てないだけ、ましか。
「しょうがない、ですませるような腐った根性してるから、お前は青学の二年に負けたんじゃないのか?」
「!」
 うわっ。
「今の完璧な切り返しは見事なリターンエースと言うべきですかね。40−40……っと、デュースですか」
 ……室町。
 いや、いいんだ。室町はそれでいいんだ。いつでもどこでも冷静な所が、頼もしいんだもんな。
 はあ。
 俺は思いっきりため息吐いてみた。
 勝負がつかない事は、室町的にはすっきりしなくて嫌かもしれないけれども、やっぱ良くないよな、こう言うのは。しかも練習中に。
「東方さん、今ふたりを止めに行こうとしてます?」
 お前は俺の心が読めるのか?
「やめておいた方がいいですよ」
「……なんで。お前だって練習中に部長とエースがケンカなんてしょうもないって言ってたじゃないか」
「そりゃ言いましたけど、でもケンカの内容が内容ですからね。絡むのも馬鹿らしいと言うか」
 ?
 あれ、俺、なんか根本的な事読み違えてたみたいだな。
 みんなが傍観してるから、原因不明のケンカかと思ってたけど、違うのか?
「え? あいつら、なんでケンカしてんの?」
「……千石さんが」
 やっぱり原因は千石なんだな。そうだろうとは思ってたけど。
「休憩時間に入った時に、南部長に飲み物をあげたんですけど」
 親切……じゃあ、ないんだろうな。この話の展開からいくと。
「それの賞味期限が切れてたんです」
 なんだそりゃ。
「南を毒見役にするつもりで?」
「いえ、千石さんのあの怒り方からして純粋に厚意のつもりだったんじゃないですか。小さな親切なんとやらで――アドバンテージ、南」」
 そんな事で。
 あんな、お互いのトラウマを抉るようなケンカするのか、あいつら。
 何て言うか。何て言っていいのか。
「……決着つくまで、ほっとくか」
「ええ、それがいいですよ」
 俺はもう一回、思いっきり深いため息を吐いて、ウォーミングアップをはじめる。
「デュースアゲイン」
 練習が再開するまでに、室町の声で何回その言葉を聞いたかを数えようと思ったんだが。
 馬鹿馬鹿しくなったから、途中でやめてしまった。


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