コート内のあちこちで、ボールが跳ねていた。 誰かがコート内を駆け巡り、ラケットを振るって風を切り、インパクト音を響かせる。 コートの外では一年生たちがボールを拾い、喉が枯れるまでめいっぱい、声を出す。 無断遅刻した二年生数人が、グラウンド二十周を追えて戻ってきた。コートの外で、他のみんなよりも数十分遅れて、ウォーミングアップと素振りに入る。 外回りを終えて座りこむ越前に、ゆっくりと近付いた乾が、どこからか取り出した乾汁を見せつける。すると越前は疲れを忘れたかのように、素早く立ち上がった。 そんな越前をからかうように響く、英二と桃の声。 「どうしたのさ、大石」 ぽん、と後ろから軽く肩を叩かれると、ラケットを片手に不二が微笑んでいた。 「次、Bコート、僕らの番だよね。もうすぐ終わりそうだよ?」 俺は全てを見透かされそうな不二の笑顔から少しだけ目を反らして、微笑んだ。 「ああ、そうなんだけど……Cコートを使うはずのタカさんや海堂の姿が見えなくてさ。あっちの方が先に試合終わりそうなんだ」 なんて、な。 タカさんや海堂の姿が見えない事に気がついたのは、不二が声をかけてくれたからだ。それなのに、さもはじめからふたりの事を気にかけていたみたいな言い方は、おかしいと判っているのだけど。 俺はおそるおそる横目で、不二の顔を覗き込む。 さっきまで俺を見上げていた不二の視線は、Cコートにそそがれていた。 「タカさんなら部室だよ。波動球のダメージにが蓄積されていたみたいで、ガットが切れたからラケットを交換に行くってさ。すぐに戻ってくると思う」 「そうか。海堂はきっと、外回りを多めにやっているんだろうな」 「海堂が帰ってこなかったら、僕たちが先にCコート使っちゃおう。時間もったいないし」 「……そうだな」 俺は、そばに立てかけておいたラケットを手にとった。つい先日まで、包帯の巻かれていた右手で。 ラケットの感触を確かめるように、何度も何度も、握ったり緩めたりを繰り返す。 「今更の質問だけど」 「ん?」 「問題ないんだよね、右手」 俺は力強く頷いて答えた。 「当然だ」 満足そうに頷いて、不二はCコートに向けて歩き出す。 その背中を追うように、俺もまた歩き出した。 いつもと同じ。 少し練習メニューが違うだけで、いつもと同じ、見慣れた、練習風景。 一年生はボールを拾う。 二年生以上の非レギュラーは、レギュラー入りを目指して黙々と、各々の長所を伸ばし、短所を補うよう練習を積み重ねる。 俺たちは――レギュラー陣は、全国と言う高い目標を夢見て、コートに立つ。 当たり前のように毎日繰り返されるその風景。 「さ、はじめようか。大石『部長代理』」 不二はそう言って笑みを強めた。 「さっき『どうしたのさ』って聞いてきたけど、本当は判ってたんだろう」 「さあ、何の事かな?」 それ以上の追求を許さないとばかりに、不二はネットの向こうでラケットを構える。 いつもと同じ練習風景。 俺もこうしてコートに戻ってきて、ますます以前の光景に近付いて。 けれどやっぱり、見慣れた光景とは少しだけ違くて、寂しいような空しいような、複雑な気持ちになる。 手塚。 お前がひとり、欠けているだけなのに。 |