ポラロイドカメラ

「ねぇ皆、一箇所に集まってよ」
 何の企みも秘めてなさそうな笑顔で不二がそう言ったから、俺たちは疑問を抱きつつもなんとなく指示に従った。皆てきとうにばらけて雑談を交わしたり軽くストレッチをしていたから、突然一箇所に集まってみると、居心地が妙だ。
「えーっと、それじゃあ駄目だな。乾とタカさんと手塚と……大石が後ろで、他の四人が少し屈んで、前」
 指定の細やかさと、手の内にある鞄から取り出しされたポラロイドカメラが、不二の目的が何かを如実に語っていた。
 英二も気付いたんだろう。それまで端の方に居たんだけど、海堂を押しのけて真ん中にこようとしている。目立ちたがりだからな、こう言うところ。
「いくよー」
 合図と共にシャッターが切られ、その直後、吐き出される一枚の写真。
 不二は手にした写真を軽く振り、捉えたものが浮き出てくるのを確かめてから、俺たちに見せてくれた。真っ先に駆け寄って、嬉しそうに覗き込むのは、やっぱり英二。
「うーん、映りがイマイチだにゃー。不二、俺だけもう一枚!」
 なんて言い出したりして。
 けれど不二は「別に君のために撮ってるわけじゃないからね」と英二を軽くあしらってしまった。さすが、と言うべきかな。
「でも、突然どうしたんだ? 不二。いつも試合会場で写真なんか取らないじゃないか」
 不二の趣味が写真だって言うのは聞いた事があるけれど、彼がカメラを手に取るのは、テニスから完全に切り離された休日だとも聞いていた。
 今日はテニスと切り離されているどころか、おもいきり繋がっている。なにしろ、これから試合なんだから。
「ん? なんか、もったいない気がしてさ。思い出として胸に秘めているだけって言うのも綺麗だけれど、少しくらい形に残してもいいんじゃないかと思ってね」
 そう言って微笑む不二の横顔は、何と言えばいいんだろう……あえて言うなら、儚げな感じがした。悲しいような、寂しいような。
「うん、そうだな」
 不二の気持ちと、今俺が抱いている気持ちが、同じとは限らないけれど――俺もふと、カメラを持ち込みたい気持ちになってしまったから、素直に同意した。
 写真を覗きあって楽しそうに笑っている奴らの。
 何事もなかったようにふたたびストレッチをはじめる奴らの。
 この一瞬を、永遠にしたい。
 その方法は、写真におさめるだけじゃないのだろう、けれど。
「不二、そのカメラ借りられるか? 一枚だけ俺に撮らせて欲しいんだ」
「いいけど、何を撮るのさ」
 当然だろ、と呟きながら、俺は笑って。
「不二の入った集合写真。さっきのじゃ、不二だけ居ないだろ? 足りないじゃないか」
 不二は一瞬、きょとんとした。
 それからしまおうとしたカメラを俺の手に託してくれて。
「お願いしようかな」
「期待するなよ。不二みたいにカメラに慣れてないから、失敗するかも」
「大丈夫だよ。大石はなんとなく写真家に向いてそうだもの」
 一体何を根拠にそんな事を言うのか、そもそもどういった人間が写真家に向いているのかご教授願いたいところだが、まあいいか。
「お前たち、もう一回集まってくれ! もう一枚撮るから!」
「大石ぃ! カッコよく撮ってくれよ!」
 なんて言って英二は笑うけど。
 無茶言うなよ。こっちは初心者なんだから。
 俺は肩を竦めながら苦笑で応えて、預ったカメラを構えた。
 レンズを通して目に映る八人は、なんだか不思議だ。いつものあいつらなのに、少しだけ違った雰囲気を感じる。
「じゃ、撮るぞー」
 声をかけると、笑う奴、睨む奴、無表情な奴、アホな顔する奴、それぞれがそれぞれの表情を撮って。
 おかげで俺が切り取った一瞬は、なかなかの傑作となった。


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